昔々のおはなしを
 呪われた血の話をしよう。
 一世紀か二世紀前の俺の母方の先祖は、大層名の知れた芸術家だった。とにかく盗むことに長けていて、著名な芸術家に片っ端から弟子入りしては、その技術だけを盗んで成長していった。その時日本にいた国内外問わず腕のある人物の技を盗んだ後は、精力的に作品を発表し、多大な名声と富を得たという。しかし、盗人の魂はそれでも消えなくて、今度は若者たちの未来をも盗んでいったそうだ。才能ある若者が弟子入りし、そいつを鍛えた後、その才能が生み出しそうな新作を予想して先んじて作品を発表する。師にその構想を漏らしたこともない。何かに書き付けたこともない。頭の中にあったそれを、完璧に、自分より高い技術で真似されては弟子は訴えようもない。それに、自分は弟子入りしている立場なのだ。師の感性に染まりすぎたのかもしれない、個性が、自分には持ち味がない――そうやって何人もの有望な若者が食いつぶされて筆を折った。

 俺の先祖はそれを気にすることもなくのうのうと生きていたが、無二の親友、幼馴染を同じ理由で自殺させてしまった時に自分の罪に気付いたという。罪の証たる自分の作品が全国で評価を受けていることに耐えかねた先祖は財を投げ打って回収しようとした。しかし、噂が噂を呼び、高騰した自身の美術品は一つならまだしも、すべて回収することは無理だった。そこで気付いたのだ。正規の方法で回収するのが無理なら盗めばいいのだと。
 幸か不幸か、盗みの才能はあった。それで生きていけるほどに。とある人物の作品だけを狙う伝説の大怪盗として、俺の一族は生きてきた。そうして現代に話は飛ぶ。俺のクソ親父は熱心な美術品の愛好家で、どこで話を聞きつけてきたのか俺の一族のすべてを知っていた。そうして母に言ったのだ。

「集めてきた美術品を見つからないように隠せる家と、盗みのために必要な資金、装備すべて用意する」

 そう言われたら、断れない。要は脅しなのだ。自分の要求をのまなければ、すべて世間に公表すると。そうして母親はクソ親父と結婚し、俺が生まれ、先祖の美術品だけでなく、怪盗としての修行と称して色々なものを盗まされている。最後の盗みの品物が硝子の心臓なのだ。

(盗みたくは、ねぇけど)

 でも盗むしかない。この間篠原と出かけた美術館に忍び込む。警察の追跡を見つけていた死角に潜り込んでやり過ごす。デートと称して篠原の心に取り入って、ついで現場も下見をするという、最低の行為を行った自分がほとほと嫌になるのだった。


「轟さんとゲーセンに行ったんですって!?」

 寝不足でボーっとしながら歩いていると、突然自分の名前を呼ばれてはっと意識が覚醒した。篠原が女子数人に囲まれていた。周りにいる女子は、見覚えがあるような内容な感じなので、多分俺のクラスメイトなのだろう。

「え、あ、はい……」
「どうしてあなたみたいな庶民が轟さんと一緒に出掛けてますの?」
「釣り合ってませんわよ」
「おい」

 これはきっとよくないほうに転ぶぞ、と思ったら咄嗟に身体が動いていた。

「篠原、探したぞ」
「と、とどろきくん……?」
「轟さん!?」
「用事あるからクラスに来てくれって言ったのになんでこねぇんだ」
「えっと?」
「お前ら、篠原に何か用事か? 急ぎか?」
「い、いえ、急ぎでは」
「じゃあまた今度にしてくれ。……篠原、行くぞ」

 篠原の手を引っ張って、強引にその場を後にする。迷惑じゃなかったか、少しだけ気になって後ろを振り返ると、耳まで真っ赤になった篠原が俺を見つめていた。

(その表情は、駄目だ)

 熱に浮かされた瞳。熱量を含んだ視線。お互いの体温で指先まで熱くなっている、手。
 その表情は駄目だ。恋をしている瞳だから。硝子の心臓症候群グラスハートシンドロームは恋心が最高に熟した瞬間に、心臓が本物の硝子になる。その硝子の結晶をクソ親父は望んでいて――俺が、篠原から盗もうとしているものなのだから。

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