海神瑞姫は困惑していた。最近爆豪を見ると調子が狂うからだった。爆豪と海神は同じ中学校で、優等生と不良、とタイプは違うけれどお互いに持ちあげられる人間だという共通点があったのだった。成績もいつも張り合っていたし、運動もできるから学校では目立っていたし、爆豪のことを認識し、意識していたこともある。ただ、あの頃の海神は真面目で――真面目すぎて柔軟性がなくて、自分と異なるタイプの人間が受け入れられないでいた。おまけに爆豪が緑谷にちょっかいをかけている場面に出くわし、さらに印象が悪くなったのである。だから爆豪に呼び出されて「俺のものになれ」と上から目線で告白されたとき、頭に血が上って個性を使った大喧嘩になってしまったのである。
ものだなんて、ものだなんて、こっちの人権を無視するような発言をする最低な人間だと怒っていたはずだった。だから一年生の時はずっと嫌いだった。あんな奴が入学するなんて雄英高校も終わりかしら、なんて酷いことを思ったこともあった。体育祭の時は拘束されるほど暴れるなんて野蛮だとしか思っていなかった。林間合宿のときはさぼらず真面目に訓練している姿が意外だと思った。敵に攫われて戻ってきたときは、少しだけ彼の心境が気になった。仮免試験に落ちて補習を受けている姿を見て印象が変わった。それからいろんなことがあって、二年生で同じクラスになったときに別人だと感じてしまった。中学生の時の、あの爆豪さんとは違う――そう思ったのだけど、どう対応していいのかわからなくて、感じの悪い対応だったことは自覚している。
人は誰しも成長するのだ。大人の言うことはすべて聞いてきた自分が制服をすこしだけ気崩すようになったのだ。ルールを守ることはすごく大事だけれど、守らないことで見えてくるものもある。守るべき時と、破ってもいい時があるのだ。
(今は破ってもいいときかしら)
昼休みの図書委員。図書室は基本飲食が禁止だけれど、委員の人だけは特別にカウンターの中でなら食べてもいいことになっている。中学までの私はそれでも許せなかった、と思う。そして食べながらお喋りするなんてこと、絶対にできなかったと思う。
「爆豪さん」
「……あ?」
つい声をかけてしまったけれど、いったい何を言えばいいのか。そもそも用事もないのに話しかけてしまうなんて、自分はどうしてしまったのだろう、と海神は思った。かつて自分のことが好きだった(と勘違いしている)男が人間的に成長して、自分も成長してやっとその男の魅力に気付いたばかりなのである。恋に恋している小学生のようなものである。感情のままに行動して、失敗だってするだろう。
「お、おいしいですか?」
「……お前にしては頑張ったんじゃねーの」
「確かに料理は調理実習でしかやったことありませんけれど、美味しくできていました!」
「ハッ、馬鹿か。調理実習なんてもん、失敗するほうが難しいわ」
そしてこっちの男。自分のことが好きなのではないかと勘違いしてから意識するようになった女の子相手にどうしても喧嘩を売るように喋ってしまうのは高い自尊心と、素直になれない性格なのと、恋愛に関しては小学生男児のそれと変わらないからであった。そもそも爆豪勝己は王様であった。王様は恋愛する必要なんかない。ほっておいても女の人は寄ってくるし、その中から選べばいいだけだったから。海神も――女王様の方も同じだった。お金持ちの家。父と母は同じ水系の個性で、生まれた自分は二人の個性が上手に混ざって強い水の個性になっている。祖父が水系の個性で、祖母はサイコキネシスだった。つまり、何世代も前から計画的に個性婚をしているのである。家族はそんなこと言わないけれど――自分も相手を選ぶことなんてできないんだろうなと薄々感じていた。家族がひいたレールの上から落ちないように走ることだけが正しいと信じて、個性婚で生まれた自分が可愛そうだなんて信じたくなくて――かたくななまでに生真面目に生きてきたのだった。
歴史を紐解いてもそう。王様は、女王様は、国のために恋愛する権利なんてなかった。恋愛感情なんて押し殺して誰かが決めた相手と結婚するだけ。だから傲慢な王様と、かたくなな女王様は相容れることがなかったのである。
けれど経験を積んで、少し成長した二人ならどうだろう。中学では一番だったかもしれない。けれど広い世界に出て一番じゃないこと、自分に足りないものがあることを知った二人は王様でも女王様でもなくて、成長途中の王子様とお姫様なのである。王子様とお姫様が結ばれる物語はそれこそ星の数ほどあるから――折寺の、いいや雄英の王子様とお姫様が結ばれる未来はきっとそう遠くないだろう。