戦闘訓練の翌日――僕のペアは鉄哲くんで、対戦相手は塩崎さんと上鳴くんという近距離VS遠距離の組み合わせで地獄を見た(塩崎さんが個性で身を守れるので上鳴くんが個性ぶっ放し放題だったんだ)のだけど、それはまた別の話。相澤先生の「今日は委員を決めます」という言葉で盛り上がり挙手での立候補が激しい教室も、飯田くんの挙手しながらの「ここは多数決で」って発言も完全に既視感。やっぱりヒーロー科って変わらないよね。
「でもよ、多数決なら絶対自分に入れるぜ」
「誰が向いてるかはわかってるけどやりてえもん」
「君たちにはスポーツマンシップってものがないのかい!?」
すべての人を平等に。完全なる正義であれ。ヒーローが法を破れば首の皮一枚でつながっているこの世界は脆く壊れる反面、ヒーローとは他者を蹴落として生きていかなければならない矛盾した存在なのだ。善と悪。危ういバランスでその比率を保て。
「それなら平等にくじでいいのではないでしょうか?」
議論の治まらない教室に響く、落ち着いた声。水を打ったように静まり返る教室内。集まる視線の先は海神さん。
「見たところ、皆さん学級委員を希望のようですし、人数の関係でヒーロー科は全員が委員に就任しなければなりません。男女別にあみだくじでもすればよろしいかと」
「でもそれ細工できね?」
「私が作って切り取っておきます。また、名前を書いた後に各自で線をつけたしていけば早い遅いは関係なくなると思いますわ」
「あー……まあそれが一番平等でいいかもね。ウチは賛成」
「でもよ、それってなんかあんまりにも運の要素が強くねえか?」
「じゃんけんでも結局は運でしょう? それに運も実力のうちって言うじゃありませんか」
大したことを言ったわけではない。普通のクラスでも最終的に選ばれる可能性の高い方法だ。奇抜なアイディアを持って制したわけではないのに、クラスのこの落ち着きと言ったら女王の名は伊達ではない。一言で周囲の人を引き付ける。注意をひいてしまえば話術で人心を懐柔する。カリスマとはこういうものなのだ。人の上に立つ才能を海神さんは生まれながらにして持っている。だからかっちゃんと相性が悪いのだ。
(かっちゃんもカリスマだもんなあ)
良くも悪くも人を引き付ける存在。小さい頃、そして今もかっちゃんは僕の憧れだ。敵になるか味方になるかはかっちゃんとの相性次第なんだけど、強い感情を抱かせるのだ。淡い感情は、ない。すべての物事の矢面に立たされて、持ち前のタフネスさと才能で困難を押しのけ人の上に立つ、それがかっちゃんだった。
かっちゃんは野生動物のように敏感だ。海神さんの才能を嗅ぎ取って、将来自分の道の障害になると思って叩き潰そうとした。けれども個性の相性が最悪でそれができなかった。エベレストほどプライドが高いかっちゃんのことだ、いつか海神さんを完膚なきまで叩き潰すまで、その屈辱を、憎悪を忘れないだろう。
「では結果を発表しますね」
皆が気になる委員長は飯田くんと拳藤さん。飯田くんは去年もやっていた、との批判の声を上がっていたが正直適任だと僕は思う。拳藤さんも面倒見よさそうだし、真面目そうだし飯田くんと相性がいいんじゃないかな。見事にA組とB組で別れてバランスがちょうどいいかもしれない。
「続いて他の委員も書いていきますね。こちらは希望があると思いますし、交換等は本人同士の合意があれば可――でいいでしょうか」
交換可能かぁ。できたら仲のいい人と一緒になりたいな、と黒板に書かれていく文字をぼんやりと見つめる。そんな柄じゃないとはわかっていても、去年よりは成長したつもりだから学級委員ちょっとやってみたかった。
「い゛っ!?」
「ンだよデク、静かにしろようっせーな」
「ごめんかっちゃん……」
でも、でもね。驚いてしまうのは仕方がないと思うんだ。図書委員と書かれた文字の下に爆豪勝己と海神瑞姫の名前を見つけたら、誰でも。
「爆豪さん」
海神さんに名前を呼びかけられたのは僕じゃないのに、反射的に体がビクッと反応してしまう。当の方人といえば、相変わらず眉間にしわが寄っていて、不機嫌そうだった。
「今日の放課後委員会の打ち合わせだそうで。一緒に行きましょう?」
「ッンで俺がテメェと仲良く行かなきゃいけねーんだよ。一人で行けや」
「わざわざ別々で行く必要もないと思いますけど……それに、ヒーロー科の授業に合わせて他の科の方をお待たせしているのですから急ぎませんと」
「テメェと一緒に行きたくねーから先に行くの待ってたんだよ察しろや」
「あら、そうなのですか」
取り合えず急ぎましょう、と海神さんは気にした様子もなくかっちゃんを待っている。あれ……もしかしたら前ほど海神さんはかっちゃんのこと嫌いじゃないのかな。一年の歳月が彼女の器を大きくしたのか。ぎゃんぎゃん言いながらも遅刻とかは嫌なかっちゃんは二人で並んで教室を出て行った。
「前から思ってたけどさあ、デクくん」
「麗日さん、なに?」
「なんでそんなに海神ちゃんにビクビクしてるの? ちょっとしか話したことないけど絡みやすいし優しいよ?」
「女王様が慈悲深いのは知ってるけどもうこれ癖みたいで……」
「え? 何? クイーン??」
やばい。ぽろっと出てしまった。慌てて口を隠しても行ってしまったものは仕方ない。興味津々、という感じで見つめられる。皆は変に騒ぎ立てたりするような人じゃないから、言ってもいいだろうか。
「僕とかっちゃんと海神さん同じ中学校だったでしょ? かっちゃんと海神さんがキングとクイーンって一部から呼ばれてたんだよね。それでぽろっと出ちゃって」
「へええ、そうなんやぁ。でもちょっと分かるかも」
「分かる?」
「お姫様だと守られるって感じだけど、女王だと守るって感じだもん」
麗日さんの言葉で、無個性だった僕を気にかけてくれた姿を思い出したのだった。
「ねえ爆豪さん」
「……ンだよ」
「ふふ、その態度、まだあの事を気にしているのですか?」
あの事。
俺に人生の中でデクに並ぶ超弩級の地雷で、若気の至りで、黒歴史。思い出すだけでイラッイラしてくる。なんで今更そのことを掘り出してくンだ、殺されてーのか殺すぞ。俺ァ売られた喧嘩はもれなく買う主義だ。
「もう、そんなに怒らないでくださいませ。目が吊り上がって怖いですわ。私、過去のことをどうこう言いたいわけじゃなくて爆豪さんと仲良くなりたいんですの」
「は?」
「爆豪さんと仲良くなりたいんですの」
「聞こえてねーわけじゃねえ」
「そうでしたか」
なんでだろうな、こいつ見てるとイライラすんの。デクとは違う。ビクビクオドオドしたあいつのあのクソナードっぷりがムカつくんであって、こいつとはまた別だ。でも確かに誰かと重なって見える――ああ、思い出した。あいつだ。舐めプ野郎。スカしたエリート面で無意識にこっちを煽ってくるところが似てんだ。そりゃムカつくわ。
つーか俺と仲良くなりたいってなんだ? なんでいきなりンなこと言ってくるんだ? 中学こそ同じだったものの一年の時には一切付き合いがなかったよな。それが同じクラスになった途端仲良く? 意味が分からねえ。こいつがその辺のクソモブならまだ分かる。将来有望で顔もいい俺に媚び売ろうって考えだろ。でもこいつはそんなタイプじゃない。
「すいません、お待たせしてしまいました」
「ええと、ヒーロー科の?」
「はい、2-Aです……爆豪さん足!」
考え事をしていたら無意識に足を机の上にあげてしまった。つーか子供にするみてえに叩くんじゃねえよ。俺はお前と同い年だし、なんなら大抵の同級生より数ヵ月年上だわ。よほど言い返そうかと思ったが、モブの視線がうざかったのでそのまま素直に着席する。海神がちょうど俺よりホワイトボートの側に座っていたので視界にちらちら入ってくるのがとんでもなく不愉快だったが、よく見れば整った顔をしているなと思った。だからあんな黒歴史を作ることになったと思うと腹立たしい限りだが。
ガン見はしていても耳は働く。聞けば聞くほどめんどくせェ委員会だ。幸いなことに雄英は人数が多いし、ヒーロー科は時間的な制約で昼休み以外の仕事がないとはいえなんで俺の貴重な時間を割いてやらねばならないのか。ぶっちしたらギャアギャア騒ぎそうな海神が相方なのも、本当についていない。
「爆豪さん」
「……アア?」
ボーっとしていたらどうやら話し合いは終わったらしい。ああ、つまらないことに無駄な時間を使ってしまった。不意打ちで飛び込んできた海神の大きな瞳をなぜか見つめることができなくて、目を逸らした。
「ご気分でも? もう終わりだそうですから一緒に寮に帰りましょう」
「っせー、一人で帰れるわ」
「そんなことおっしゃらずに」
すっと隣に立たれたら、もう言い返すのもめんどくさくなって諦める。雄英に通う生徒は男女問わずめんどくさいお節介が多いことは、去年一年で身に染みた。連れ立って歩く俺たちを見て、モブが何かを言ったのを拾ってしまった。
「ヒーロー科の二人、並んでると絵になるね」
「やっぱりああ言う美男美女が付き合うのが節理なんだね〜あたしもイケメンの彼氏欲し〜」
思わず足が止まる。海神が俺の背中に盛大にぶつかる。
「爆豪さん、急に止まらないでください!」
「……」
急に態度を変えるからおかしいと思ってたんだが、そうか、そう言うことか。
「? 爆豪さん? もしも〜し?」
こいつ、俺のことが好きなのか。