世の中はヒーロー飽和社会。憧れの目線は、とにかく凶悪なヴィランと戦うヒーローばかりに向いてしまうけれど、救助だって大切だから蘇生術なども習っている。幼い頃に憧れた、アメコミ調のヒーローや魔法少女にだってなれるのがこの世界のいいところだ。前置きは置いてヒーロー科のカリキュラムは、二年生にもなると少し変わってくるとはいえ、一年の時と同じく戦闘訓練も混じっている。今日は少なくなった戦闘訓練の日だった。敵チームに飯田、爆豪。ヒーローチームに海神と緑谷。奇しくも一年生の時の最初の戦闘訓練とほぼ同じメンバーで、癒しであるお茶子が抜けて、対爆豪に関しては起爆剤でしかない海神が加わったことで緑谷の胃はマッハだった。
 神様ひどい、僕のこと嫌いなのですかと死んだ魚のような瞳をしながら思ったが、思えば無個性で生まれて死ぬほど相性の悪い男が幼馴染な時点で神様から嫌われているのかもしれなかった。今更の話じゃない。知ってた。

「2対2の戦闘、ですか……二年生になってから急に一人での戦闘はなくなりましたね」
「プロは基本的に即席でチームを組むからその練習なんだと思う。特にこのチーム相性が悪いし……」
「ああ、緑谷さんと爆豪さんを同じ訓練チームに組み込むのはよくないですわよね」

 いや君もだよ、なんで僕だけが悪いみたいに言うんだよ、というツッコミは時間がなかったので飲み込んだ。

「特に場面設定は指定されていないからこれは純粋な戦闘力を見ているんだと思う」
「同意です。ということは勝てばいい。ですが、勝つといっても勝利条件が明示されていません」
「会敵したとき、何をもって勝利とするかと言えば戦闘不能――身動きをとれない様に捕獲、気絶させればいい。今回はそれを勝利条件と仮定しよう」
「捕獲ですか。私は水場が近ければ二人、最悪一人ならできますけど緑谷さんはどうですか」
「ううん、僕は単純な増強系だから個性を使って抑え込むしか捕獲手段はないかな」
「それでは可能であれば戦いながらお二人を引き付け水場へ誘導。基本は私が爆豪さん、緑谷が飯田さんを担当するということでどうでしょうか。増強系ならば飯田さんのスピードにもついていけるでしょう?」
「うん、まあ」
「ではそちらで宜しくお願いします」

 与えられた作戦時間をすべて使わずして終了。雄英の生徒は基本的に一人一のスペックが高い。細かい指示を与えずとも方向性を確認するだけであとは状況に応じての修正が効く。高い味方は自分をも高める。朱に交われば赤くなるように、優れた人物に影響されて自分もまた強くなるのだった。あの時ここをやめなくて本当に良かったと緑谷は思った。

「くたばれやクソナード!!!!」
「そう来るとは思ったよ!」

 開始の合図とともに爆豪が緑谷に突っ込んでくる。お得意の右の大振りを紙一重でかわす。この二人の仲は決して良いとは言えないうえに、今回は敵に相性の悪い海神がいる。あちらのチームからしたら飯田と海神、爆豪と緑谷の組み合わせが最善だった。海神が即座に爆豪へ威嚇射撃をするが、そのすきに飯田が接近する。近距離は向いていない海神は即座に距離をとったが、そうすることで爆豪と対敵するのは難しくなってしまった。
 最悪のシナリオだ。でも相性の悪い敵と戦うことだってある。なってしまったものは仕方がないのでそれぞれ各個撃破といくことにした。

「またですね、飯田さん!」
「ああそうだな。海神くんとは何かと縁があるようだ」
「ええ。でも私負けませんから」
「俺も負けるつもりはないっ!」

 海神は救助には向いていても戦闘にはあまり向いていない個性だ。使い方によっては呼吸を制限したりとイニシアチブを握れたりするが、スーツの補助である水鉄砲がないと殺傷能力はない。近接戦だと素手で戦うことになり、飯田みたいに素肌が露出していないスーツだと自分が痛い目を見るだけだった。射撃は訓練していても、飯田は素早くなかなか当たらない。現に何度も無駄撃ちをさせられている。わざと水を撒いて、その部分に誘導し足止めをするかないのだけれども、相手も海神の個性を把握しているので足元に注意を向けている。

(……こうなったら最終手段を使うしかない、ですね)

 水場ではないから、個性の反動で動けなくなるのだけれど、緑谷さんが爆豪さんを止めてくれると信じるしかない。
 タンクのふたを開け、水鉄砲のふたを開け、準備を整えた後わざと隙を作って飯田を誘きよせる。彼が捕獲しようと近づいてきた瞬間、持ち運んでいた水を操り彼の体の一部にまとわりつかせた。

「足止めのつもりか? これじゃ量が足りない。すぐに振り切れる」
「それはどうかしら――」

 体の外部のある水で足りないなら、内部から出せばいい。海神の両親はどちらも水の個性だった。個性婚なのか偶然愛し合った結果なのか、それは分からないけれど、似た個性が結婚するのは次世代にその個性に特化した優秀な子供が生まれる率が高かった。両親がカエルの個性の蛙水梅雨だってたくさんの個性を引き継いでいるのと同じだ。父親が水を操る個性で、母親が体内から水分を放出。水を操るの中には、限度があるけれど「増幅」も含まれる。人間の体の約八十%は水分でできている。外にないのなら、中から補うことが彼女には可能だった。

「なっ!?」
「これは諸刃の剣の必殺技だからあまり出したくはないのですけれど、背に腹は代えられません」

 轟の氷結のように一気に水量を増加し、水中に飯田を閉じ込める。それはさながら水でできた牢獄。水圧をかけて身動きをとれないようにして、飯田の動きを完全に封じ込めた。緑谷さんはどうなったかしら、と視線をやると、爆豪が緑谷の上にのしかかり、首を手のひらで抑えていた。

「――終了」
「負けましたわ」
「まだ結果言ってねえだろ」
「緑谷さんは身動きが取れない。私も個性の反作用でこうなってしまいました。爆豪さんが本物のヴィランであれば緑谷さんを殺害後に私を殺害するのは容易いです。負けです」

 水中に閉じ込め水圧で身動きを封じる、それは確かに有効な手段ではあるのだけれど必要な水量が多すぎる。増幅したとはいえ体内から不足分を賄ったのだ。それ相応のリスクがある。たいていの人は水分不足で気分が悪くなるだけれど、海神の場合は違う。

「まあそうだろうなあ。そんなチビに俺は殺せねえ」
「返す言葉もございません」

 身長が縮んでしまうのだった。現在の海神は五才ほど。どう大きめに見積もっても小学校の低学年だった。こうなることを見越してスーツは伸縮性の素材を使って貰っていたので大参事にはなってないが、戦闘はもう無理である。ついでに言うなら高校生の利用する施設でしかも足場の悪い場所は非常に歩きにくいので「緑谷さんか飯田さんに抱き上げて運んでもらおうかしら」と考えるレベルだった。

「テメェそれでもヒーロー志望なら後先考えて行動しろや」
「申し訳ありません……緑谷さんが勝つと信じていたのです」

 地雷だった。
 それは裏を返せば爆豪は緑谷に負けると考えていたってことだし、プライドの面からしても、好きな女の子からそう思われていた事実としても、爆豪の自尊心をいたく傷つけ激昂される一言で二度やばい魔法の言葉だった。ヒィっと情けない声が聞こえた。真っ青な顔をしている緑谷は「かっちゃんから八つ当たり爆破がくる」と考え、フルカウルの構えをする。しかし、爆豪は緑谷ではなく海神の方へ手を伸ばした。

「ハッ、ほざけ。ナンバーワンは俺だろ」

 爆破するのかな……という緑谷の懸念はよそに、爆豪は海神を持ち上げただけだった。それだけでなく「おいデク、それからクソエリート、そこに散らばっている荷物運んどけ」とまさかの気遣いで二重の意味で驚いた。
 ぷにぷにでまろい頬。まだ成長していないので顔の大きさと比べて大きい目。海神瑞姫の幼女姿は大変かわいらしかった。いくら爆豪でも天使のようなその姿に手は出せない――のではなく、単に「自分と海神の間に娘ができたらこんな感じだろうか」と考えていて自然に手が出てしまっただけだった。らしからぬ親切を行ったせいでロリコンの疑惑が一部浮上したこともつゆ知らず、戦闘訓練が終わるまで爆豪は幼くなった海神をずっと抱き上げていたのだった。

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