「あ〜ん可愛い! 瑞姫ちゃん可愛いよ!!」
「ありがとうございます。照れますね」

 お茶子が声をかけたのは、まだ小さいままの海神だった。体内の水分が減少することで体も小さくなる海神は、失った水分を摂取することで元の大きさに戻るのだけれど、一度にそんな大量の水分を摂ることができないのでまだ小さいままだった。小さいままと言っても、戦闘訓練終了後に一度水分補給をしたので小学校高学年の身長の小さい子、もしくは中学年ほどの身長はある。八百万が創造で作ってくれた小さめの衣装には伸縮機能が付いていないこともあり、寮に帰るまで水分を摂るとまずいので今日一日はこのままで過ごす予定だった。

「可愛いんだけど、なんで爆豪くんの膝の上におるん?」
「さあ……私にもわかりかねます」
「あ゛? なんか文句あるのか」
「文句はないけど」

 文句はないけど、仲良くは見えなかった海神が幼女化した途端掌を返して可愛がっているのはロリコンだからか気になる。
 お茶子は賢く空気の読める女の子だったので、その質問は控えた。

「ずっとお膝だと大変じゃないん?」
「このままだと黒板見えねーだろが」
「爆豪くんが優しいなんて明日槍が降るのでは?」
「降らねぇわ」

 それに見返りがないわけじゃない、と脇の下に手を入れて子犬でも持つかのように海神を宙に持ち上げた。頭身の低めの体にアンバランスな手足がついて、ほっぺはぷくぷく、髪はさらさら。子供が嫌いな爆豪ですら可愛いと思える幼少期の海神を独占できるのは役得でしかない。

「わ、」
「わっ、ちょっといきなり危ないやん! 何するん」
「……高い高いだ」
「私、中身まで子供になっているわけじゃありませんのよ!?」

 なんてやり取りを自分の目の前の席で繰り広げている集団に「かっちゃんって子供嫌いって言ってなかった?」と真実を告げれば自分は爆破されるだろうと緑谷は思った。空気ではなく戦況の読める幼馴染は沈黙を貫くことにした。もしかっちゃんの幼馴染が飯田くんか轟くんだったら「爆豪くんは子供が苦手と言ってなかったか?」とか「お前子供苦手って言ってたのにどうしたんだ?」とか、前者は真面目さゆえの疑問で後者は天然ゆえの残酷さでかっちゃんを傷つけただろう。自分が幼馴染であったことに感謝して欲しいと緑谷は思ったが、彼の幼馴染が彼に対して感謝することは一生ないのであった。



「爆豪さん、痛いですっ」
「そんなところに頭があるのが悪ぃ」
「爆豪さんが乗せたんじゃないですか……」

 膝の上に乗せた海神の頭の上に爆豪は顎を置いていた。気まぐれにぐり、と動かせば面白いように反応を返してきた。

「もう放課後だから大丈夫です。寮に帰ります」
「おお」
「もうっ、大丈夫って言ってるのになんで抱っこするんですか!」
「うっせ。ちったー黙ってろ」

 片手で軽々と自分を抱き上げ、爆豪の鞄は背中に背負い、私の鞄はちゃんと反対側の手に持ってくれている。いくら鍛えているとはいえ子供一人と、生真面目ゆえに教科書や参考書をきっちり持ち帰る自分の鞄は重たいはずだ。だというのに文句も言わずに親切にしてくれている。
 爆豪は知らないかもしれないが、小学生くらいのサイズならば寮までの距離は大した距離ではない。だからちゃんと歩けるとは主張したのだけれど、体が小さくなった反動か戦闘訓練の疲労で少し眠くなっていた。もしかしたら、休日に世の中の父親が娘を抱き上げているのを見て親切にしてくれたのかもしれない、と海神は思った。

「……爆豪さんは、いい父親になりますね」
「はぁっ!?」
「この抱っこスタイル、大変居心地がいいです」

 何気なしに言ったのだが、予想外にいい反応が返ってきてしまった。自分と海神に娘ができたらこんな感じだろうかと考えていた爆豪が、まさかその母親役にと考えていた相手から「父親」なんてワードが飛び出したからどぎまぎしてしまっただけなのだが、そんなことは海神には知る由もない。童貞は妄想が激しい。抱き上げられたことにより近い位置に顔があり、これは家族間のコミュニケーションが捗りそうだと考えていただけだった。

 顔が近いといえば、改めてみると爆豪は整った顔をしていた。自分は性格的にどうも好かなかったため、中学の時に散々こき下ろしていたがなるほど女の子から人気が出るはずである。白磁の肌は下手したら自分より白く、きめ細やかだ。高い鼻梁のラインも美しい。鋭い瞳も男性的な魅力がある。幼児化した自分をここまで気遣ってくれるいい人と認識を改めた海神は、このような素敵な人が中学生の時に自分に告白してくれていたのですね……としみじみ思っていた。あの時の私も子供で、この人の本質を理解していなかった。だから突っぱねて、その後に個性を使っての大喧嘩になったのである。

「なんだよ」
「いいえ、何も」

 この深紅の瞳は、昔は私を一途に見つめていたけれど、きっと今は別の人を映しているのだろうと思うと胸がずきりと痛んだ。

(胸が、痛む……?)

 はてさてこれはいったいどういうことだろう。いい人だと思ったけれど、マイナスからプラスへ転じただけで、好意なんて持ってなかったはずなのに。なんで私は惜しいと思ってしまったのだろうか。

(これも急に爆豪さんが優しくなるのが悪いんです……!)

 表情を悟られぬよう、爆豪の首元にぐりぐりと額をこすりつけた。それを眠くなったと勘違いしたのか、爆豪からポンポン、と優しく背中をたたかれる。ずるい。本当にずるい。こんなところにまでしっかりと付いた筋肉に男と意識してしまうし、小さい子にたいする気遣いだと知ってはいてもこんなに優しくするなんて、爆豪さんはずるい人だ。
 実際の爆豪は冷静なように見えて「腕の中で寝るとか自分に全幅の信頼を置いているのはこれはかなり心を許されているのではないか」なんて考えている残念な人なのだけれど。

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