かっちゃんとかっちゃんの双子の妹のなまえちゃんはびっくりするほど似ていない。見た目ではなく中身が。かっちゃんは僕のことを蔑称で呼ぶけどなまえちゃんは愛称で呼ぶし、かっちゃんは僕のことが嫌いだけどなまえちゃんは僕のことが好きだ。自意識過剰だって? それが、残念なことに、ほんっと残念なことに本人から何度も何度も言われているんだ。幼稚園の時の「あたしぜぇったいいずくくんのおよめさんになる!」「いいよ!」の口約束をネタに何度も脅されているんだ。なまえちゃんのことは嫌いじゃないけれど、かっちゃんの義弟になるのだけはどうしても嫌だった。


「いずくくん! ご飯一緒にたーべよっ」
「なまえちゃん……」

 お昼休み。僕がまだ教科書を片付けている間に彼女は忍び寄ってきて僕を後ろから抱きしめる。相手がなまえちゃんじゃなかったら当たってるって真っ赤になるところだけど、もう身内みたいなものだし、自分の母親の胸に欲情なんてしないでしょ? あと壊滅的に胸がないのも主な原因になる。

「ウゥルッセエよこのブス!! 一人で食え!」
「お兄ちゃんの声のほうがうるさくない? 耳鼻科行きなよ」
「またやってるよ兄妹喧嘩」
「なまえちゃん見た目おしとやかなのに中身爆豪と似てるんだな」

 僕を挟んで怒鳴りあうのはやめてほしいし遠巻きに見るなら助けてほしいしなまえちゃんは間違いなくかっちゃんの血縁だ。かっちゃんは、見た目からして派手で、お母さんに似て目がつっているし言動も言動でだれが見てもヤンキーである。僕と並んで歩いていたら間違いなくカツアゲ現場です本当にありがとうございますってレベルだ。一方のなまえちゃんは、一目で血縁だとわかるくらいにかっちゃんと似ているんだけれど、目元はおじさんの方に似ていて垂れていて気弱で温和そうだ。だけどもそれは間違いだということを僕は身をもって知っている。

「デクくん、いつも大変そうやね」
「麗日さん」
「なまえちゃんとの邪魔はしないから私も一緒に行ってええかな?」
「もちろんだよ!」

 むしろ来てもらわないと困る。麗日さんは中学時代まで、彼女はおろか友達すらいなかった僕の唯一のオアシスである。そうなのだ、中学時代の僕は友達がいなかった。いや、いなかったのではない。それ以前に僕という存在は教室になかった。空気だったのだ。というのも苛烈で過激な爆豪兄妹が、兄の方は僕を心底憎悪し、妹の方は溺愛し、僕にとってどちらのスタンスをとっても片方から反感を買うからだった。かっちゃんが僕を嘲笑うような空気を作ればそれに便乗する。一方で、なまえちゃんが僕に構っているときはけして僕をいじめてはいけなかった。

「つーかデクデクデクデクいい年した女が何甘えてんだ。自分の年考えろや。気持ちわりぃ」
「好きな人にアピールしてるだけだもん!」
「デクが弟とか無理だからあきらめろ」
「僕もかっちゃんが義兄になるのはちょっとなあ」
「両親に頼んでお兄ちゃんの戸籍外してもらうから!」
「はぁ!? テメェがでてけや」
「やぁだよう」

 声は荒げていないのに言ってることが過激なのがお分かりだろうか。なまえが可愛くて頭もよくて運動神経もできる優等生だとしか認識されていなかった時代の話だ。かっちゃんの妹ということもあり彼女自身はヒエラルキーのトップに君臨していた。だから安定のヒエラルキーの底辺の位置していた僕に構ってもいじめたりはされなかったのだけれど、それを快く思わない層――主に彼女に恋をしている人、かっちゃんに気に入られようとする人――も一定いたのだ。
 かっちゃんとなまえちゃんだったら、不良と優等生だったら、敵に回して怖いのはかっちゃんの方だと認識されていた。だから彼らは僕を「無個性の出来損ない、生まれていても社会に何も貢献できない」なんてなまえちゃんの前でいじったりしてしまったのだ。

「ねえ、今なんて言ったの?」
「え?」
「今、私のいずくくんになんて言ったの?」
「無個性に無個性って言っただけだろ」
「そう」

 とたんに拳が飛んできた。体重を乗せた一撃で、まだ中学生とはいえ、男一人を吹っ飛ばしてしまったなまえちゃんの腕力はゴリラといっても過言ではないだろう。驚いたのは僕をいじめていた側だった。みみっちいかっちゃんは言動こそ悪いものの内心を気にして暴力は一度も振るわなかったし、なまえちゃんが教室の中で僕に構うのも幼馴染で、優等生だからだと思っていたのだろう。かっちゃんとなまえは双子ではあるけれど正反対だというのがみんなの認識だった。確かに正反対である。だけれど、みんなはかっちゃんの性格を誤解しているだけだった。かっちゃんは見た目こそヤンキーだけれど、その実夢に向かって真っすぐストイックな男である。その正反対ということは、

「いずくくんが受けた心の傷はこんなもんじゃないからね?」
「殴ったりしたらやばいのはそっちだぞ!?」
「それがそうでもないんだよねえ……『無個性の出来損ないなんだから生まれてても何の役にも立たないだろ? それってつまり社会のごみじゃん? 緑谷、生きてる意味あんの? なくね?』」

 なまえちゃんは中身はクソクズなのである。目的達成のためなら手段はいとわないタイプ。それが違法でもバレなければ合法だと言い張るタイプ。

「ね?」

 にっこりと笑うけれど、目は笑っていなかった。個性社会になって、実情はどうであれ大人が問題にするのは個性差別である。こんな発言をしているのを教育委員会に叩きつけられたらペナルティを食らうのは目に見えていた。言い逃れできない証拠を突き付けられて、彼らはおとなしく僕に謝罪するしかなかった。
 兄も妹もとても厄介で敵に回すと面倒くさいタイプだ。そうして彼らが機嫌を損ねるのは、決まって僕に関係することが多かったのだ。そうして皆は僕を無視するようになった。かっちゃんがいじめてくるとき以外は、僕は「空気」として扱われてきたのだ。

「……ふぅ」

 今はそんなことはない。かっちゃんは学校の絶対権力者ではないし、クラスメイトも僕を空気として扱わない。だけどっこの双子のせいで僕はいつまでたっても恋人ができないし、仮にすきな人ができようものなら半殺しは逃れられないと思った。かっちゃんもあれで身内には甘いから僕がなまえちゃんを泣かせたと知ったら爆破は逃れられない。かっちゃんは嫌な奴だけれど、嫌いになれない。なまえちゃんだっていい子だし、嫌いにはなれない。だけど、僕の胃を痛めるのは、いつだってこの二人なのである。

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