「お前、名前は」
入学式の日。体育館から教室に戻るため校内を歩いていると見知らぬイケメンに手を掴まれて名前を聞かれた。ラブロマンスの始まりかな、って県下一どころか全国一と言っても差支えのない名門校に合格して浮かれていた私は思ってしまった。高身長、切れ長の瞳でだれもが見惚れてしまうほどかっこいい先輩から声をかけられたんだよ、勘違いしても仕方ないじゃん。あと在学中に一目ぼれして付き合って将来プロヒーローでコンビ組んでるっていうのも素敵じゃない?
「轟なまえです」
「やっぱり……! なまえ会いたかった!!」
「えっ、えっちょっと何するんですか!?」
いくらイケメンと言えども公衆の面前でいきなりハグはちょっと頂けないな。もう少し段階を踏んで紳士に攻めてきて欲しいものだ……なんて思っていた私は次の瞬間に打ち砕かれることになる。
「照れなくてもいいぞ」
「照れてません。迷惑してるんです」
「おお、そうか。いきなりだったもんな。なまえに会えて兄さんは嬉しかったんだ」
「は?」
「?」
「私に兄はいませんけど」
「だって轟なまえだろ。なまえは母さんにそっくりだから一目でわかった」
あっ駄目だこの人顔はいいけど頭がちょっとアレな人なんだ……プロヒーローって癖が強すぎてちょっとやばい人もいるしその卵でもやばい人はいるんだな……さすが雄英。友達はよく選ばないといけない。先輩、身を張って教えてくれてありがとうございます。
「先輩、サイコパスな上にマザコンってやばくないですか?」
「サイコ?」
至近距離で首を傾げられて、男のくせにとっても可愛くて、この人顔だけはいいんだなあって再認識させられた。入学式から解散したばかりの廊下のど真ん中でやり取りを繰り広げているものだから周りからの視線が痛くて仕方ない。通行を妨害してるし見たくなくても目に入るよね。邪魔だよね。私も早くどけてあげたいんだ。
「ちょっと轟くん何してるの!?」
「おう、緑谷か」
「いきなりこんなことするなんて轟くんらしくないよ。それにほら、皆の迷惑になってるから」
地味目のもさっとした先輩が頭のやばい先輩を止めてくれる。この人いい人だなって思った。そしてなんの因果か、頭のやばい先輩も轟という名字のようだった。轟っていう名字は他にいないわけではないけど珍しいし、もしかしたら先輩には生き別れの妹がいてそれを探しているのかもしれない。だとしたら同情の余地があるんだけど自分に迷惑がかかるとなるとまた別なんですよ。
「……そうだな。なまえ、後で迎えに行くから待ってろ」
「来なくていいです……」
本当に来なくていいです。入学初日の大事な時期なのに変な先輩に絡まれて出遅れたらいろいろ困る。嵐が去った後、少し呆然としていると声がかけられた。
「なんか凄かったね。お兄さんも雄英なんだ?」
「えっと……」
「私同じクラスの山岳優だよ。よろしくね」
「山岳さんね! 私は轟なまえって言うの。さっきの人は全然知らない人なんだ」
「そうなの? あの先輩、轟くんって呼ばれてたし仲良さそうだからお兄さんかと思ったよ〜」
「違うよ、偶然偶然」
そんなわけあるはずない。あるはずない、よね?
「お母さんお母さん! 今日入学式だったんだけど」
「どうだった〜」
「楽しかったよ! あ、でも、先輩に轟って人がいてめちゃくちゃ兄弟って聞かれた。私ひとりっ子なのにね」
帰宅して。帰宅って言っても寮だけど、寮の自室に戻って心配性な母親からSNSを確認した後そのまま電話を掛けた。あの先輩の前では平静を装ったけれど、実はちょっと不安になったのもあって、お母さんに今日あったことを報告するふりをして自分に兄弟がいないか確かめてみる。私の家は平凡そのもので、実は養子でした〜なんて展開はないと思うけど、念のため。
「あら、それもしかしてエンデヴァーの息子さんだったりしない?」
「なんで分かるの?」
「お父さんがよく親戚かって聞かれるのよ。お互いプロヒーローで個性同じだから」
「ああ、なるほど」
困っちゃうね〜なんてお母さんと笑いあいながら、私は安心していた。信じていたものが打ち砕かれなくてよかった。父の背に憧れてヒーローを目指したのにそれが偽物だと知ったら私は一体どうすればいいのだろう。入学初日からアイデンティティの喪失なんてシャレにならない。よかった。よかった。私は大好きなお父さんとお母さんの子供でいいんだ。
「なまえ、昨日迎えに行くって言ったのになんで先に帰った」
「わぁお」
「せっかく再会できたんだから一緒に帰ろうと思ってたんだが」
「嫌ですよ轟先輩。私と先輩は昨日初めて会いましたよ」
「でもお前は俺の妹だ」
「根拠は」
「名字が同じだろ。そしてなまえって名前だ。後は氷の個性だろ。お前はお母さんにそっくりだ」
名字は偶然だろうし、お前のお母さんのことなんか知らんし(これが私が私の母親とそっくりだという意味だったらビビるけど)、確かに私は氷の個性を持っているけど、なんで知ってるの? ストーカー?
「個性まで調べ上げるとかストーカーですか?」
「元々俺の氷の個性はお前の個性だろ?」
本格的に意味が分からなくなってきた。小さい頃に会っててそれを轟先輩が覚えているだけとかかな。でも親戚に個性を譲渡する個性とか持っている人はいないし、記憶にないけれど何らかの個性事故に巻き込まれたとして、それで私が先輩に個性をあげたとしたらなんで私は今氷の方の個性を使えてるんだろう。先輩の話はわからないことばかり。分かるのは、私に執着しているという一点だけ。
「不躾ですけど、先輩って妹さん亡くなったんですか」
「ああ、小さい頃に、な」
「その妹さんがなまえって名前で氷の個性使えたんですか」
「そうだ」
「なるほど……」
ああ、それなら納得だ。これはすべての偶然が重なった不幸だ。ナンバーツーヒーロー、いや、もうナンバーワンか。偉大な父を持ち、自身も優れた個性を持ち(先輩に関してはあまり詳しくはないけれど雄英にいるという時点でそうだろう)、身長だって高くて顔だって格好良くて、勉強だってたぶんできる人生の勝ち組なのにただ一点心を病んでいるというだけでこんなに残念になるなんて……。優ちゃんも遠くから「ドン引きです」って顔で見ているし、クラスきっての問題児・轟郷くんも「あいつ頭おかしいんじゃねーの」って言ってるし。その気持ちよくわかる。でも病んでしまうくらい妹さんのことが好きで家族思いだって所には好感が持てる。イケメンだし。
「先輩。轟先輩」
「なんだ」
「いきなりこんなこと言われて私は非常に混乱しています。気持ちを整理する時間が欲しいです」
「そうか……」
事故にあった恋人が奇跡的に目を覚ましたものの、自分の呼びかけに対して「あなたは誰?」って返された時のような表情をされても……困ります……先輩の顔が無駄にいいせいで心が非常に痛みます……!
「わかった、そうだよな。なまえの気持ちの整理が付くまで俺は近付かねえ」
「轟先輩……!」
おかしいけど〜! 変なところで常識的だった〜!! いやあ騙すのはちょっと気が引けるけど仕方ないねという気持ちは「三日でいいか?」という問いかけで一瞬で消え去ったのだった。
クレイジーサイコな轟先輩と、彼を止めてくれた地味目の先輩(なんと去年ゲキレツに噂になってた凄い人だったらしい)が同じ2-Aという情報を入手し、轟先輩が席を外している間に地味目の先輩の腕をガッと鷲掴みした。
「えっと君は……?」
「最近轟先輩に追い掛け回されている哀れな後輩です。地味目の先輩は轟先輩と仲がいいとお見受けしたので、轟先輩のことでお話があります」
「ああ……」
納得されたんですけど。教室内でもどんだけ奇行してるんですか先輩。
「まずですね、轟先輩に妹さんっていらっしゃるんですか? エンデヴァーの家族構成調べても出てこなかったんですけど」
「いや、お兄さんとお姉さんのことは聞いたことあるけど妹さんのことは一度も聞いたことないよ」
「そうですか。私にとってはクレイジーな性格と思えるのですが、地味目の先輩からすると轟先輩はどんな感じですか?」
「う〜ん、個性も強くて頭も切れて、戦闘能力ではクラス随一かな」
「いやヒーローとしてではなくてですね、クラスでの性格とかですね」
「ちょっと基本的に物静かだけど協調性はあるかな。女子には紳士的。ちょっと天然なところがあるけどそこも愛嬌って感じ」
「いい人ですね……」
「いい人なんだよ」
「それがなんで私と関係するとあんなことに?」
「僕も分からないんだよ。聞いても『やっと妹に会えてうれしい』しか言わないし。兄としてあれしてあげたいこれしてあげたいってそわそわしてるから危害はないと思うんだけど」
聞けば聞くほどいい人であった。両親が再婚して自分と同年代の妹ができて同級生に妹ってどんな感じか聞きまくるお兄ちゃんのような反応だ。実際にクラスメイトに「お前はきょうだいいるのか」って聞いていたみたいだし。そこまで言われるとこっちとしても何というか、できるだけ傷つけないようにしなくちゃいけないって思ってしまうじゃないですか。
「轟先輩」
「なまえ」
きっかり三日後、轟先輩が「昼飯を一緒に食おう。おすすめのメニューがあるんだ。奢ってやる」と声をかけてきたので奢って貰えるのならと付いていって今。目の前には蕎麦がある。いや蕎麦は別に嫌いじゃないんですけどイケメンの前でいきなり麺類はちょっとハードル高くないですかね? 私の女子力が低いだけ?
「ここ三日いろいろ考えたんですけど、私はどうしても轟先輩のことを思い出せません。そして私の家族は父と母だけです」
「そう、か」
「ですが、」
だから自分の好きな女の子が恋敵のせいで泣いているところを励まして「励ましてくれてありがとう! やっぱり私は恋敵くんが好き! 告白してくる!」って言われたときみたいな表情はやめろって言ってんだろ心が痛むからぁ!
「ですが轟先輩はいい人みたいですし、私に迷惑をかけない範囲でなら妹として扱ってくれて構いません。こうして奢って貰えるのも妹扱いなら私としてはラッキーですしね」
「いいのか」
「いいです」
「勉強を教えたり兄弟喧嘩したり雑誌の貸し借りをしたり誕生日を祝ったりバレンタインにチョコ貰ってホワイトデーに三倍返しを強請られたり休日に一緒にお母さんのお見舞い行ったりその帰りに買い物したりしてもいいのか」
「兄妹というより恋人では? っていうのも入ってたり最後のちょっとハードルが高いですがまあおおむね良しとしましょう」
「なまえ……!」
捨てられていた子犬を拾ってきて飼ってもいいよと親に言われた時のような瞳で見つめられた私はのちに苦しむことを知らなかった。なんで世の中で顔のいい男がモテるのかというと、女の人は自分に多くのことをしてくれた男性のことを好きになってしまうからで、特に顔のいい男は顔を見ているだけで「自分にいいことしてくれた」と認識してしまうのだ。
だから私は知らない。将来、この人を好きになることを。好きになってしまったら妹としてもポジションでは満足できなくなることを。この人が、どうあがいても自分を妹の生まれ変わりとしか見てくれなくて、叶わぬ恋に苦しむようになるのを、愚かな私は知らないのだ。