私が雄英高校に入学してから約二か月。体育祭も中間テストも轟先輩……いやお兄ちゃん……やっぱり轟先輩……のおかげで乗り越えることができた。自分もヒーロー科で忙しいだろうに、「どのくらい動けるのか見てやる」と言って放課後に施設を借りて手合わせしてくれたのだ。流石はトップヒーローの息子で、私も父親にアドバイスをしてもらったことはあるのに全く歯が立たなかった。

「目の前のものに対する反射速度はいいがそれに囚われて二手三手先を読めてねえ」
「む……」
「今まではそれで何とかなったんだろうが自分と同じかそれ以上のスピードの奴が出てきた時どうすんだ? 考えろ」
「ぐ、ぐぅ……」
「あと個性にかまけて身のこなしがなってねぇな。確かにお前の個性は中・遠距離に特化していて足止めするのが得策だが近接に弱すぎんだろ。俺程度に引けを取るな。そんなんじゃプロは無理だ」
「……」

 以上、中間試験後の手合わせで床の上に押し倒されて頭を鷲掴みにされ、もしこれが敵だったらいつでも殺すことが可能な体勢で敗北を噛み締めている私への、轟先輩のありがたいお言葉でした。
 反論したいのだけれど、先生にも言われたことが入ってるし、赤谷くんとか轟郷くんとかと戦闘して足りないなって思ったところも指摘されているし、ぐぅと鳴くしかなかった。

「泣くなよ」
「泣いてないですぅ……!」

 やっと離れてくれたと思ったら、ちょっと呆れたような、それでもって慈しみのある――もっと具体的に言うのなら出来の悪い子に対してでも自分の子供だから可愛いと思う母のような顔でそんなことを言われてしまった。こっちのほうが精神に来た。やめて欲しい。

「っとわりぃ。もう時間だ」
「インターンシップとやらですか」
「ああ」
「……なんで先輩は忙しいのに私のために時間を割いてくれるんですか?」

 ヒーロー科は多忙だ。一般科目に加えて実技などの戦闘訓練もある。救助訓練だって覚えることがたくさんだ。一年の私ですらいっぱいいっぱいなのに、学外で実習をしている轟先輩はもっと大変だろう。いくら妹の代わりと言ったって私は本当の妹じゃないし、本当の妹だとしてもここまでするのはなぜだろうか。

「なまえが、俺と一緒にヒーローになりたかったって、言ったから」
「そう、ですか……」
「だから頑張れよ」

 それだけ言って轟先輩は慌ただしく去っていった。分かっていたことだった。私が妹さんなまえの代わりだってことくらい。代用品ってことくらい。分かっていたはずだった。だけど、凄く悲しかった。



「お前のさぁ」
「うん」
「兄貴ってさぁ」
「兄じゃないけど」
「兄貴じゃないのにそんなに珍しい個性と髪の色まで被ってんのか」

 そう、そうなのだ。同じプロヒーロー同士である程度家族構成知っているだろう先生方まで私と轟先輩を「兄弟か?」って聞いてくる理由がそれなのだ。個性はたいてい両親のどちらか、もしくは混ざった物が発現するのだけれど、私と轟先輩は半冷半熱という複合個性の中でも変わった個性なのだ。個性は一人に一つ。両親からの遺伝を混ぜて一つになることはある。たとえば両親が犬の個性だったとしよう。母親は嗅覚が優れている程度、父親は聴覚が優れている程度だとしたら、子供は嗅覚も聴覚も優れている親の進化バージョンになるのだ。もちろん片方しか受け継がないこともあるけど、同じ個性でも強い弱いがあるのは遺伝子の組み合わせも関係しているからだった。
 だから同種の個性で結婚したほうが強くなりやすい……という雑学は置いておいて、私と轟先輩みたいに相反する個性はどちらか片側だけを遺伝することが多いから、結びついて一つの個性になることは珍しいのだった。私のお姉ちゃん・・・・・・だって氷の個性で炎は使えないもんね。上の兄弟の中には、花火に火をつけるくらいなら出せるのもいるけど、氷の方に比べてあまりにも弱すぎる。

(待って? お姉ちゃん?)

 ふと、何かが引っ掛かった気がした。何が原因か考えようとしていると、オールマイトの声が私の思考を遮った。

「赤谷少年!」
「オールマイト先生!……と緑谷先輩」
「どうしたんですか、オールマイト」
「いやね、一緒にお昼食べないかなって思ってね、お誘いしにきたんだ」
「食べます!」
「じゃあ赤谷少年は借りていくよ。いいかな?」
「はい、ごゆっくり……」

 普段よりテンション高めな赤谷くんがオールマイトと去っていくのを見送る。お父さんがこれを見たら、あんな陰気な奴を選ぶだなんてやはり見る目がないと悪態の一つでも付いただろう。

「ヤミクモくん、ご飯に誘われるなんてオールマイトに気に入られてるのかな?」
「オールマイトの後継のデク先輩と見た目も個性も同じだし、オールマイトは緑色のモサモサした子が好きなのかもしれないね」
「ケッ、どっちもクソナードじゃねぇか」
「そういう轟郷くんは爆豪先輩にそっくりじゃん」
「え〜? 似てねえよ」
「似てるよ。色素薄い髪とかヴィラン顔負けの顔とか口が悪いところとか、あと個性も爆破でダダ被り!!」

 世の中には同じ顔の人間が三人いるというが、似た顔の人間が三組いるのはどうなんだろう。実際にあり得ているからあり得るのか。


 さて。轟先輩のお願いで一緒に買い物やらデートやらお部屋でお勉強会やらを行ってきたわけですが、とうとう最後の「一緒にお母さんのお見舞いに行く」という謎イベントが発生することと相成りました。普通に意味わかんなくない? 結婚した相手の親のお見舞いにはいくと思うけど付き合ってもないんだよ私たち。

「母さん、妹のなまえを連れてきたぞ」
「いらっしゃい、なまえ。待ってたのよ」

 なんでいきなり呼び捨て? 子が子なら親もサイコパスか? と、考えていたのだが。病室に寝てたのは私のお母さんだった。
 私のお母さんは家にいた、という自信もなくなってきた。だって、目の前にいるのはお母さんなのだ。私に煮え湯を浴びせて火傷を作ったせいで入院することになったお母さんだ。間違いないのだ。

「なんで……」

 なんで先輩が私のお母さんのことを母と呼ぶのか。その理由を私は思い出していた。

 私の父はプロヒーロー・エンデヴァー。両親は個性婚だった。上のきょうだいたちはどちらか片方の個性しか発現せず、末っ子の私が両方発現し父には「男だったら」と嘆いた。プロヒーローとなるべく厳しい特訓を受けていた。この子は女の子なんです、と私を庇う母親。まだできると吐いても特訓を続ける父親。個性婚の影響、愛のない家庭で限界に達していた母は私に煮え湯を浴びせた。
 それからだ。自分にだけしか見えない男の子が傍にずっといるようになったのは。心霊番組やそういう場所に行っても何も感じない所謂零感の私にだけ見える不思議な男の子だ。見えるようになったのは母親が入院した時期からで、誰かにそれを話せば「可哀想に。お母さんがいなくて寂しいのね」なんて言われるけど、そうじゃない。彼は寂しさを紛らわせてくれる存在ではない。確かに顔立ちはお母さんにそっくりだけれど、髪の毛は真っ赤で、私が彼だったらお父さんは喜んでくれたんだろうなと辛くなるだけだった。

「また怪我したんだな」
「……」
「だいじょうぶ? あれ、もしかして聞こえてないのか」

 名前も知らない彼はいつだって私が苦しいとき、つらいときにやってくる。せめて普段なら、無視することもできただろう。幽霊なんているはずない。誰かの個性の影響だ、とけるまでの我慢だと気に留めないこともできただろう。でも彼はいつも私の心に余裕のないときにだけ、心を抉りにやってくる。俺がなまえにその個性を上げたから、だからなまえに醜い傷を負わせてしまった。父親によって厳しい訓練を受けることになった、ごめん、ごめんと傍で泣くのだ。うるさいよ、と私は睨んでやる。泣いてどうにかなるのであれば、好きなだけ泣いてくれ。
 だけど、まあ。辛いときに誰かが傍にいてくれるというのは慰めになっていたらしい。体育祭で赤谷くんに救われた後、もういいな、と彼は言ったんだ。

「もう俺はいいな。だってなまえには友達ができた。お前の心を変えてくれた友達だ。これからお前の未来はどんどんいい方向に変わっていくだろう。俺はもういらない。辛いとき苦しいとき、傍で支える必要はないから。俺はお前に負の象徴しか与えてやれなかった。こんな不出来な兄のことなんて忘れて幸せになってくれ。ああ、でも、」

 もし来世があるのなら、二人でヒーローになりてぇな。

 伸ばしたその手は当然のように空を掴んで、虚脱感に苛まれた。何かがぽっかりと抜け落ちたという感覚だけが、私の兄が確かに存在したという証明だった。言い逃げなんてずるいだろって思った。私の方が泣きたいのに隣でべそべそ泣くなんてうっとうしい、何度も消えてしまえって思ったけど、あなたの幸せを願わないほど狭量な妹ではないはずだ。今からでも遅くない、お父さんに相談して伝手を頼って、ぴったりな個性の人間を見つけて私たち双子の人生をやり直そう。そうしよう――そうしてお父さんに無理を言って脅してやっと見つけた個性、猿の手。
 私も兄もヒーローになれる世界で私たちは出会った。けれども消える際の二人の呪いは強かった。俺のことを忘れてくれ、と願った兄のせいで私は先輩のことを忘れていたし、妹が先輩の心に深い傷を残して去ったせいでのことを先輩は忘れられなかった。人ひとりを復活させるほど強い願いなのだ、その対価は生半可なものじゃない。お互いがお互いの呪いで食い違っていたうちは願いがすべてかなっていたわけじゃないので対価は払ってなかった。だけど、今。思い出してしまった今。

「お兄ちゃん……」
「なまえ……」

 自身の片割れ、もう一人の自分ドッペルゲンガーに出会ってしまったら、私たちは死んでしまうのだ。私を認識したから先輩は死に、先輩を認識したから私は死ぬ。会うことを渇望した相手に出会えたから死ぬなんて、とんだ悲劇で、たいした喜劇だと思う。ああ、でも、先輩の生を願った罪は私が負うから、どうかあなただけでも逝かないで欲しいよ。

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