その日、ある夏の日、轟家に電撃が走った。父親であるエンデヴァーが一人の少女を家に連れ帰ったのである。事件に巻き込まれた重要な人物を、どうしようもない事情のためプロヒーローが一時保護……ということはないわけではないが、エンデヴァーの性格があまりにアレなので今まで一度もなかったのである。それにさらに問題点がある。連れ帰ってきた少女が、一見して分かるくらいエンデヴァーと似通っているのである。
「こ、このクソ親父……!」
個性婚、愛人の娘。しかもその子は自分と同じ年くらいではないか。母親が家にいる時期になんてことをしていたんだと焦凍は怒りに震えた。仲があまりよろしくない息子からの殺意の波動を受け取った父親は、普段ならば高圧的に物を言うのに、今日ばかりは狼狽えた声で「違う」と言ったせいで余計に息子からの怒りを買ってしまった。
「テメェ……どの面下げて帰ってきてんだ」
「話を聞け、焦凍」
「本当にお前というやつは……!」
「わあ、凄い! 私テレビで見ました! 体育祭でトップクラスの焦凍さんを間近で拝見できるだなんて感激です」
修羅場、という空気の中で、一人だけ場違いに目を輝かせて、のほほんとした空気で話しかけてきた少女に焦凍は毒気を抜かれた。なんだこいつは。仮にも愛人の娘がする反応じゃないぞ。
「私、次世代オールマイトとして造られた存在ですので強い方は尊敬しちゃうのです! 遺伝子だけをもとに試験管で造られた存在ですが、あなたのような兄を持つことができて私は誇りに思います。よろしくお願いします!」
「は……?」
なんだか、理解の範疇を超えることを言われたような。次世代オールマイト、だとか試験官、だとか。なんだかわけありだと察した焦凍は、父親の方を見つめ、短く言った。
「説明」
エンデヴァーの話をまとめるとこうである。今の社会の構造は圧倒的な力を持つヒーロー・オールマイトが悪の抑制力として存在することによって成り立っていた。しかし、オールマイトは結婚していなく、その圧倒的な個性を誰かに伝えることができない。弟子も後継と呼ばれる存在もおらず、次世代ヒーローもオールマイトと並び立つような存在はいなかった。そのことに懸念を持ったとある組織が、オールマイトの遺伝子から試験管ベイビーを作ろうと試みたものの、オールマイトの遺伝子があまりにも入手困難なので代わりにナンバーツーであるエンデヴァーで代用したと。そうして生まれ、今まで世間から隔離され育てられてきたこの少女――なまえが最近見つかり、国の一時保護期間を終え普通に生活することとなったらしい。プロヒーローを義務付けられていたことから座学も含めありとあらゆる知識は詰め込まれていた。けれども、同世代の子と一度も接さず成長してしまった歪みだけは何ともならなかったそうだ。
「月曜日から雄英に通わせる」
「おい……」
「許可は得ている。編入試験の内容もパスしている。それなこれは……こいつの希望だ」
エンデヴァーが顎で示した先にはニコニコと笑うなまえの姿があった。
「はい、そうなんです〜。お父様や関係者の方々に無理を言って試験を受けさせて頂きました。あ、もちろん仮免許証も取得済ですから皆さんにご迷惑はかけませんよ! 足手まといは望むところではないのです!」
楽しそうに、本当に楽しそうに笑うなまえに焦凍は何も言えなかった。ただ、学校に行けることを、そこで学ぶことを楽しみにしているようだったから。水をさしてはいけないように思ったのだ。
「轟なまえで戸籍をとってある。イレイザーとブラドならブラドの方が適任だろうということでクラスは別だ。安心しろ」
「あ……もしかして焦凍さんは私と同じ学校に通うことが嫌なのでしょうか?」
「いや、」
「すいません、焦凍さんのお気持ちを考えておりませんでした。私、初めてだったんです。父はおりません。母もいません。試験管から生まれた私にはドクターと生きる目的しかありませんでした。周りの皆さんは優しいから一度も生きるという事が辛いと思ったことがないのですが、やはり家族という形、他人との関わりに憧れていたのでしょうね。父親ができて! 兄弟ができて! 学校に通えてお友達ができて、そんな生活ばかりに浮かれておりましたの」
なまえには影がない。目的のために作られた存在だというのに、ひたすら前を向いて生きている。学校が同じでもクラスが違えば寮は違う。関わることもないだろう。それにヒーロー科の皆はそのようなことで差別する人ではない。こいつのためにも、いい環境なのではないかと焦凍は思った。
「別に、戸惑ったが、嫌じゃない」
「!! 焦凍さん……!」
「言っておくが雄英の勉強は楽じゃねえぞ。困っても助けないからな」
「はい、はい、自分でもがんばれますとも!」
こうして、新しく出来た名前ばかりの家族とは、本当にあまり関わることがなく進んでいったのである。ときおり食堂で級友と仲睦まじく食事をする姿を見たり、教科書を忘れたから貸してくれと頼みに来ることはあったが、それくらいだった。たとえ名ばかりでもあるが家族ができたこと、楽しい学園生活を送ることができてそれでいいようである。俺達家族には特に問題はふりかからないし、なまえは幸せそうだし、誰も不幸にならないいい話だ。そう、思っていた。
「わりぃ」
「あっ、すいませ……焦凍さん」
「なまえか」
曲がり角で誰かとぶつかったと思ったらそれはなまえだった。お互い誰も連れておらず、どうしていいのかわからない沈黙が流れる。真下から見上げてくる瞳は少し困惑の色を帯びていて、元気の良かったなまえでもこんなことがあるんだな、と思ったのだ。
「……クラスは、どうだ」
「楽しいです! すごく、すごく楽しいです、焦凍さん! イッチーがですね、最初にこえかけてくれて今は一番のなかよしなんですけどね、一緒にご飯食べたり遊びに行ったり深夜に食べるアイスの罪深さを共有したりと毎日楽しいです。勉強の方も知らないことばかりです! 私、一人で生きていく方法しか教えてもらえなかったので連携というから相手と力を合わせるとできることが増えるというか、そんなこと知らなくて、それで、こんな生活があと二年もせず終わっちゃうなんて本当に寂しいくらい楽しいです!」
「そ、そうか……」
こんな長文で返ってくるとは思わなかったし、そんな些細なことで喜べるなまえが微笑ましかった。が、それは俺も緑谷や飯田に教えてもらったことでもある。いい友達ができたこととか俺達は似ているのかもしれないとよかった。
「それなら良かった。なんかあったらいつでも声掛けてこいよ。俺達は、家族なんだから」
「焦凍さん……」
真っ赤な瞳いっぱいに薄い水の膜が張って、宝石のように見えた。純粋に、綺麗だと思った。
「ありがとうございます!」
でも、なまえは俺に頼ってくることはなかった。学年があがり、インターンに行き、たまに同じ敵を事務所が追っていてそれで連携することもあって。絆、みたいなものは芽生えていたけれど、なまえは一線引いていた。
卒業の日、荷物をすっかり片付けてしまった寮の部屋はどこか虚しさを帯びていた。その荷物を持って、俺は家に帰る。けれどなまえはどこに行くのだろう。ふと疑問に思ってなまえの部屋に向かった。
「なまえ」
「わっ、焦凍さん! びっくりしました」
「そう言えば、お前は卒業したらどうするんだ?」
俺の質問に、困ったように笑ったなまえは、少し間をおいてゆっくり言い始めた。
「事務所、決まってるんです。静岡からは通えないところなので、そこでひとり暮らしします。もともと、轟さんの家にお邪魔するのは18までと決めていたので」
「そんなこと誰も気にしないぞ。うちは金には困ってねぇし」
「でも、これが私のケジメですから」
そう言ってなまえは去っていった。次に俺達が会うことはなかった。人工生命体は細胞の劣化が激しくて、肉体が持つのは長くて18年ほどだと言うのを知ったのは、俺がプロになって二年目の初めてなまえとであった夏の日だった。