「……ふむ」
昼下がりのカフェでタイプライターを打つ手を休めた。程よい雑音は集中の邪魔をせず、心地よさを生み出してくれる。
次の公演の脚本に手をつけたのは数日前のこと。原作がある脚本は基本的に書き進めやすく、筆もすんなりと乗っていたはずだった。いざ結末を描こうと指を動かしていたが、どうしても、迷いが抜けなかった。
案はいくつかある。大切なのは主人公をどのように裁くか、もしくは裁かないかだ。そこがこの物語の肝になる。そう考えると、この先を描けなくなってしまった。
タイプライターを箱の中に片付け、書き終えた紙類も束ねて中に入れた。こういう時一人で悩めば筆を折ることもあると経験上わかっている。誰かの意見を取り入れるのが一番だろう。
*
ありがとうございました、という店員の声に後ろ髪を引かれながらカフェを出た。特に行く当てもないが、ここの住民はひどく優しい。歩いていれば知り合いに出くわすだろう。
杖を手に適当な方向へ進もうとしたところ、目の前で比較的背が低いであろうだれかが声をあげた。
「あ……ごめんなさい、アンブラさん」
「……サヴァティエリか。こちらこそすまない」
サヴァティエリ・アスター。幼げな様子ではあるが、自分と同様劇作家である。確か次の公演も自分と同じく『赤いくつ』を創っていたはずだ。
「おい、サヴァティエリ。お前は、『カーレンは罪を許されるべき』だと思うか」
「上手く言えないのだけれど……これが私の答え」
彼女は手にそっと触れると、そこに一つのカセットテープを握らせた。どうやら彼女の作った脚本らしい。カセットテープに記すとはまた、なかなか個性的な書き方をする。
「ふむ、後ほど聞こう」
「ありがとう。……そうね、もしかしたら神様には許されないけれど、許してくれる人がいてもいい……、そう、思ったりもするわ」
「……なるほど。助かった」
また、と別れを告げた彼女との別れもそこそこに、なるほどと噛みしめる。
脚本は後ほど聞くとして、許してくれる人がいてもいい、とは確かにその通りかもしれない。ただ、その『許し』がカーレンをどのような結末に導くかは悩ましい。度合いはやはり、自分の手で決めるしかないのだろう。
「いやしかし……それを我が決めて良いものか……」
「やぁアンブラ」
後ろで急に声がして驚いた。その声の主はよく知っているものの、毎度のように突然現れる彼女には辟易する。
「……っ、煌々。お前は毎度急に出てくるな」
煌々、と名乗る彼女は少し不気味だ。自分には理解できる範疇を超えた作品を書くが、それもまた一定の人気があるという。発想がなかなか面白く、自分にはないものを持っているため一つの知識として入れておくのも悪くはない。
「ああ、悪かったね。何か困っているのかい? 一人でブツブツと呟いているから」
「……ああ、そうだな、お前に尋ねたいことがある」
「なんでも聞いてくれて構わないよ」
「『カーレンは罪を許されるべき』だと思うか」
そうだね、と彼女は呟いて悩んでいるようだった。
「許してもいいと思うよ。というのも、そうだねえ、彼女の境遇は彼女のせいではないからね。もしかしたら老婦人はカーレンを死の床で許したかもしれない。描写されていないことはわからない。許すという行為は他人が施すものにすぎないし、他人に自分の意思を委ねる行為さ。君がカーレンに施しても、いいんじゃないかな」
「…………そうか。助かった、少し考える」
煌々はじゃあね、と言って離れていった。すぐ近くの公園に入り、ベンチに腰掛ける。
きっと、そうだ。だからこそ悩んでいるのだろう。自分が他人のに施していいのかどうかを。それがたとえ創作の中のものだとしても、そんな大役を己は書けない。悩ましい。悩みは深くなるばかりだ。