少女は罪を償えるか?




「……そこまで。なに、いい時間だねぇ、休憩に入るとするかい」
 荒い吐息。これはおそらく踊り続けていたプレゼントのものだろう。お疲れ様です、と控えめに述べるのはイーリャのはずだ。独特な喋り方をするのはエー。はしゃいでいるのはエーテで、一息ついているのが演出家の老体だ。
 書き上げたばかりの脚本を提出してから、すぐに稽古へと入った。脚本の結末を書くためにも、実際に芝居をしているメンバーの様子を聞かなければならない、と毎日稽古には参加していた。これまで何度も他者を演じてきた彼らの芝居はさすがといったところではあるが、自身の脳内で動いていた登場人物たちの印象はやはり少しずつ変わっていった。
 カーレンの悲痛な叫び。首斬り役人の寂しさ。結末に通じるそのシーンを改めて聞くと、自然と彼女と彼の選ぶ道が目の前に現れるようだった。
「アンブラ! 大丈夫? 疲れてはなくて?」
「否、大丈夫だ。お前の方こそ疲れているだろう。少し休め」
「ふふ、いいのよ。せっかくの主演ですもの! ところで、ええと、カーレンが首斬り役人さんに懇願するところ、もう少しアドバイスがあったりするかしら?」
「ふむ……」
 彼女の芝居も、その齢ながら申し分ないものである。そもそもプレゼントが赤い靴の舞台を演じているのを聞いたことから今回申し出た。脚本は多少変化しているが、きっと踊りも(見えてはいないが)申し分ないのだろう。
「だいぶ踊り疲れる頃だろう。プレゼント、お前自身も、カーレンも。それまでのお前の悲鳴は、相手に届けようと必死に声を張るものだったが、ここでは半ば諦めに近いような、少しの希望にすがるような、必死さに変えてみるのはどうだろうか」
「……可哀想なカーレン。……ありがとう、アンブラ。そうやって演じてみるわ!」
「ああ。だが、無理はするな。まだ公演まで時間はある」
 ええ、と彼女は自身の手をとってパタパタと何処かへ駆けて行った。その小さな体躯に見合わぬ情熱に、きっと己は打たれたのだろう。
「アンブラ」
「……ん、イーリャか」
「ああ。……結末は、もうすぐできそうかい?」
 本の虫、と称して遜色ない男、イーリャの声がした。結末を切望する、物語の続きを切望するのは毎度のことだが、しかしこの男の見せ場はほとんど結末である。この男のためにも早く書き上げなければならないということはわかっていた。
「そうだな、おおよその道筋は思いついている」
「本当か! それは楽しみだな」
 首斬り役人、という人物は、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの書いた原作に名前すら出てこない男である。町外れに住み、罪人の首を落とす罰を与えるだけの仕事をしている男。カーレンが最後にすがる男。彼女に慈悲を与える男。
 これは己の想像だが、この首斬り役人という男ほど寂しいものはいないだろう。アンデルセンの描きたかったものはおそらくカーレンの罪と、その後の償いだろうが、しかし登場人物たちに人生がないとは言えないのだ。この男はきっと、好まれてはいなかったのだろう、罪人の首を落とすという汚れ役をやっている男だ。いくら役人とは言え、そして法の執行とはいえ、それは傍目から見て好ましいものではない。だから彼はきっと一人で、人里離れた町外れに住んでいる。この男には尋ねてくるものもほとんどおらず、寂しく生きているのだろう。
「……お前はカーレンが可哀想だと言っていたな」
「ん? ああ、そうだね。永遠に踊り続けなければいけないなんて可哀想だろう」
「お前自身はどうだ? 首斬り役人よ」
「お……私か」
 考えるようにうーん、と唸る彼の次の言葉を待ちながら、考える。首斬り役人は裁いてくれと懇願する少女にどう手を貸すだろう。寂しい男は、少女が訪ねてきてくれたことが少しばかり嬉しかったはずだ。そしてその少女は、まさに男の特技とも言えることを望んでいる。首を落としてくれ、と。
 彼は足首を切るだろうか、首を落とすだろうか。……彼女の望むままに行うだろうか。そのあとみすみす彼女が死ぬのを望むだろうか。義足まで作るだろうか。そもそもあの男は首を切るだけの男で、義足を作れる能力など持ち合わせているのだろうか。
「……私は可哀想なのかな、アンブラ」
「我には可哀想に見えた、それだけだ」
 しばらく悩んだ後に口を開いたイーリャに、それだけいうと立ち上がる。
「助かった、イーリャ。これから稽古を抜けるが、明日には結末を持ってこよう」
「あ、ああ、それなら良かった。楽しみに待っているよ」
 カツ、と鳴らした杖の音が今日は心地が良い。