10.23
初めて彼に会った日。
次の授業は3年生の階の移動教室。
つい最近この高校に転入した私は、初めての移動教室にドキドキし
ながら、偶然ここの学校に通っていた幼馴染とお喋りしながら歩い
ていた。
ふと、向こうから歩いてくる男の人が目に入る。
その瞬間、私の中に何か電流のようなものが走って、その男の人か
ら目が離せなくなった。
端正な顔立ちに、透き通るような白い肌、地毛なのか疑いたくなる
ほど綺麗な少し青がかった白髪、吸い込まれそうなほど深く美しい
青い瞳。
あぁ、この人きっとモテるんだろうなぁ。
直感でそう思った。だってこんなに綺麗な外見で、モテない訳がな
い。その証拠にほら。周りの女子達が揃いも揃って頬を染めて、恋
する乙女みたいな顔で彼を見つめてる。
…よくある少女漫画の王子様みたい。
そんな王子様みたいな彼の姿に私は何処か違和感を持った。
ほんの一瞬だけ。
ん?なんか...
その違和感は、彼の完璧な見た目に似合わない、まるで「諦めた」
ような、冷めきった表情だった。
何に対しての ”諦め” なのかは分からない。何か、希望や欲望という
類のものが全く感じられない表情だった。
高校生だというのに、…まるで全てを悟った大人のような。
彼とすれ違う時、──すれ違うと言っても私はあんぐりと立ち止ま
っていたけれど──彼がチラッと私を見て、綺麗な青いその瞳と目
が合った。
すれ違う時に相手をチラッと見て目が合うなんて、ごく普通にある
ことだ。だけどその時は何故か、すごく心臓がうるさくて...
私は気付いたら、彼に声を掛けていた。
小さな溜息を吐いて、心底面倒臭そうに振り向く彼。
一緒に居た幼馴染が横で何か言っている...けれど、それどこ
ろじゃなくて耳に入ってこなかった。ごめん。
『なに?』
彼の声はとても綺麗で、だけど不気味なくらい落ち着いてい
て、どこか寂しそうだった。
「あの、な、名前 教えてください...」
震える声でそう言った。本当に直感だけれど、何かこのまま
終わりにしてはいけないと思った。
彼はちょっと驚いて不思議そうな顔をしたあと、ゆっくり口
を開いた。
『カナメ。』
彼はそれだけ呟くと、元の方向を向いて一人で歩いていって
しまった。
カナメ。
彼の声とあの表情が忘れられなくて、私は彼のクラスを聞い
て回った。
流石の王子様なのか、彼のクラスを知るまでにそう時間は掛
からなかった。
私はお昼休みを使って、彼のクラスを覗きに行った。もう一
度彼に会いたくて。彼の声を聞きたくて。
恋する乙女かよ、なんて心の中で笑いながら。
後ろのドアを覗く。教室を見渡しても、彼は見当たらない。
3年生 大きいなぁ。。ひとつしか違わないはずなのにほとん
ど大人みたい。
そんなことを思っていると。
『うわっ』
背後から声が聞こえた。
私は通り道を邪魔してしまったかと思い、謝りながら慌てて
振り返った。
そこに立っていたのは購買のパンを大量に抱えたカナメ先輩
だった。
「あ...」
突然のことすぎて言葉が出ない私を見て彼は眉間に皺を寄せ
た。
『何してるの』
「えっ!?その、カナメ、先輩…に会いたくて...?」
『なんで疑問形なの』
「いやっ、会えると思ってなくて...頭が...ぐるぐる...」
『ぷっ、何それ』
わ、笑った...!!!笑った.…..!!!!
小さく肩を震わせて笑うカナメ先輩。
歳上の人にこんなこと言うのはアレだけど、か...かわいい。
って違う。
ブンブンと首を振って、彼の方を向き直す。
「あのっ、カナメ先輩!」
『なに』
「わ、」
今まで好きな人が出来たことはあった。
だけど自分から行動したことはなくて、怖くて、いつも見て
いるだけだった。気付いたらその人は、別の女の子と恋人に
なってたり…とか。かなり前の話。
でも誓った。もう後悔しないように、見ているだけじゃダメ
なんだって。自分から動け、って。
だから勇気を出して、
「わたしもお昼ご一緒していいですか…!」
震える声で、そう言った。
きっと今の私は真っ赤な顔をしているだろう。そう、例える
ならばまるで林檎の様。
「あ…その、もう少しお話したいなぁ…と、、」
話がしたいって言うのは嘘じゃない。けど、本当は…
「わたしが、カナメ先輩を沢山笑わせてみせます!」
この笑顔を、もっと、もっと、見たいと思った。
『……』
少し驚いたような顔をして、黙る彼。
数秒の沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。
『...カナメでいいよ。』
「え?」
『呼び方。先輩とか、そういうのいい。』
「カナメ、くん…?」
『うん。
…それじゃ、俺は屋上行くから。』
「あっ、」
わざわざ教えてくれたってことは、来れば?って言ってくれ
てるのかな…
私は抑えきれない笑みを浮かべながら、屋上に向かって歩く
カナメくんの後を追った。
2017年、10月23日。
私がカナメくんに初めて会った日。
そして、
恋に落ちた日。