赤い果実
忘れたくない、忘れられるわけがない、大切な日。
カナメくんとお昼を食べ始めて数ヶ月。
最初の頃は話を繋げるのが難しかったくらいだったけれど、
今ではカナメくんからも話を振ってくれるようになったし、
時々でも途中まで一緒に帰ったりもできるようになった。
本当に諦めずに通って良かったと思っている。
そんな小さな片思いを続けていたある日。
いつもと同じ朝。今日は結構寒いな...
いつもと同じように登校してきて、いつもと同じように靴
箱を開ける。ふと、靴箱の中にいつもは無い封筒が入って
いることに気付いた。
平凡すぎる私はラブレターなど貰ったことは無いし、誰か
と間違えたのかな...なんて思いながら恐る恐る封を開ける。
中には白い便箋が1枚入っていて、
「櫻井さんへ
話があります。13時に校舎裏で待っています。」
とだけ書いてあった。
櫻井さん。...櫻井さん!?私じゃん。
13時に校舎裏か、とりあえず行ってみようかな。
今思えば、差出人も不明な怪しすぎる手紙を1ミリも疑わ
なかった私は恐ろしく純粋なのかもしれない。
午前の授業中は手紙のことばかり考えていた。
どんな人が書いたのかな。話ってなんだろう。私に話すこ
となんてあるかなあ…
色々と考えていたら午前中はあっという間に過ぎ、約束の
13時になった。
私は手紙の指示通り、校舎裏に来ていた。
あ、カナメくんに何も言ってないや。毎日この時間に会っ
てたけど...。まあ私のことなんか気にしてないか、自惚れす
ぎたな。
思わず苦笑いがこぼれる。心配してくれていたら嬉しいな
ぁ...なんて考えちゃって。
ぐへへ...と妄想をしていたら突然背後から声を掛けられた。
「ねえアンタ」
私はいきなりのことに驚いて振り返る。
そこには数人の女子生徒が私を囲むように立っていた。
3年生かな。大人っぽいなぁ...って、関心している場合じゃ
ない。なんで囲まれてるの私。
え、怖い。
「2年の櫻井ってアンタ?」
「...?櫻井、です...」
先輩達は黙ってジロジロと私を見る。
すると、数人の中の1人が口を開いた。
「ねぇ、山崎くんの彼女ってほんとにコイツなの?」
「そうだよ。最近よく二人一緒に居るんだって。なぁ?」
ん?ちょっと待って。山崎くんって...
「あの、山崎くんって...どなたの事ですか...?」
「はぁ?とぼけないでよ。山崎カナメくんのことに決まっ
てるでしょ」
「!?...なんでカナメくんが出てくるんですか...?」
「は、アンタ名前で呼んでんの?」
「えっ、と、はい...カナメくんがそう呼べって...」
「っ...!調子乗んなよ!何でアンタなんかが山崎くんと...私
の方が...私の方が...っ!」
あ...もしかするとこの人...
数日前のお昼時間、カナメくんが言っていた話。
その日は私が少しだけ遅れて行ったんだっけ...。慌てて向
かっている時、屋上の階段室で珍しく人とすれ違った。
女の生徒で、靴の色が3年生だったから、カナメくんのク
ラスメイトかな?なんて思っていた。
そのあとにカナメくんから聞いた。
さっきの女の人はやっぱりカナメくんに用があったみたい
で、文化祭を一緒に回らないかって。
しかも文化祭の後は一見さんお断りの高級料亭で晩ごはん
にでも行こうよ、と誘われたらしい。
面倒臭くなって無視をしていたら彼女の有無を聞かれた。
いない、と答えたらじゃあ私と付き合わない?と。
アンタを知らないし特に知りたいとも思わない、と断った
ら断られたことに驚いたのか、なんで...とブツブツ文句を垂
れながら帰って行った、と。
どうやら自分に自信があるようで背伸びをして着飾ってい
る、彼の嫌いなタイプだったらしい…。
そんなことを思い出しながら目の前の女生徒を見て、心の
中でどこか納得してしまう。
でもそんなに堂々とご飯に誘えるなんて...羨ましいなぁ。
って違う違う。余計なことを考えている場合じゃない。
またしても心の中で1人ノリツッコミのようなことをして
しまい、思わず笑いそうになる。
いやいやここで笑ったら確実に殺されるって...
まずは彼女の噂を否定しないと...私が勝手に想っているだけ
なのに、カナメくんに迷惑は掛けられない...
「あの、すみません!」
「私カナメくんの彼女じゃないです。私が勝手に好きなだ
けなんです、だからカナメくんに迷惑は掛けないで...!」
「…!うるっさいな...!黙ってよ!!」
バシッと響く音。
右頬がジンジンと痛む。え、叩かれた...?
「い"っ...」
「なんなんだよコイツ... 生意気な口聞きやがって...!」
「ねぇ!もっとやっちゃおーよ」
「いいね、そっち押さえて」
ケラケラと笑いながら、私を押さえつける先輩達。
痛い。
叩かれた右頬も、押さえつけられてる腕も痛い。
ちからつよ!ゴリラ!ゴリラ女ー!
心の中で精一杯の悪口を叫ぶ。届かないけど。届いたら届
いたで大変なことになるけど。
なにこの展開?漫画かよ!いやふざけんな〜!
必死の抵抗も複数人相手には敵うはずもなく。
どうしよう。逃げなきゃ。誰か助けて...カナメくん...
なんて期待したけれど、彼は今頃屋上で購買のパンを齧っ
ているだろう。助けに来てくれるはずもない、私が校舎裏
なんかに居るとも思わないだろう。
虚しく散る期待。
目の前には振り上げられた拳。
あ、やばい。殴られる...
ぎゅっと目を瞑った、その時。
『何してるの?』
すっと耳に入ってくる声。
酷く落ち着いた綺麗な声。
___私が今、いちばん聞きたかった声。
「山崎くん...!!?」
「ど...どうしてここに...?」
『何してるのかって、聞いてるんだけど』
「え!?いや...これは!ちょっと遊んでただけ...」
『ふーん...それ、泣くほど楽しいんだ?』
「...っ、?」
自分の頬を伝う涙に気付く。
え。私、泣いてた。気付かなかった。
『俺さ...そういうの大っ嫌いなんだけど。』
カナメくんの表情がスッと険しくなる。
もしかして、怒ってる...?
他人への態度は決して良いとは言えない彼だけど、怒って
いるところは見たことも聞いたこともなかった。
怒っている彼を初めて見た。
すごく怖い。視線の圧で人を殺せそうな、いやむしろ既に
何人か殺ってそうな...鋭い目。
「や、山崎くん!違うって、あはは…」
「勘違いしてない?私達本当に遊んでただけで...」
『じゃあ何で、彼女だけ泣いてるわけ?』
「そっ、それは...」
『手、離して。今すぐ。』
「なんでっ...」「くそっ...」
私の手を離して、バタバタと走り去って行く先輩達。
カナメくんが駆け寄ってくる。
『ちょっと、大丈夫?』
「カナメくん、なん...で、ここ...」
『...アンタが屋上に来なかったから』
『連絡も無いし、嫌な予感がした...っていうか、気付いたら
走ってた。』
そうだったんだ...って、え?それってつまり...
「心配、してくれたの?」
『っ...そう、だよ』
カナメくんの頬がほんのり赤く染まる。
なんか...釣られて私まで恥ずかしい...
『っ...アンタ、何であんなことされてたの』
「そ、れは...!、言えない...」
『言えないってなに。アンタが何かしたわけ?』
「してない!何もしてない、けど...」
言えない。
貴方と二人で居たから彼女だと思われた。それで妬まれて
たんです。って?
そんなこと言える訳がない。こんなことがあった以上、次
はカナメくんに矛先が向くかも分からない。
わたしが無理にまとわりついているせいで、カナメくんを
嫌な目に合わせるなんて...駄目だ。やっぱり言えない。
『じゃあ言えるでしょ?何言われたのあいつらに。』
「っ...」
散々考えていたのに、カナメくんに言われたら断れない。
わたしの悪い所。最悪だ。
『ねぇ、教えて。何があったの。』
......ん〜〜ええい!もうどうにでもなれ!!
「カ、ナメくん...の、」
『俺?』
「かっ、彼女だ、って!言われ、て...」
あーー言ってしまった。
今すぐ深い穴を掘って一生埋まっていたい...
「この前、屋上でカナメくんと話してた3年生の人と...そ
の周りの人達が...」
『...別に、間違ってないんじゃない?』
「そう...だよね、やっぱり迷惑だよね、ごめ...え?」
『...いずれ、そうなるんだし。』
「っ......か、なめ、くん」
『...なに』
ひとつ、大きく息を吐き出す。
今だよ、今言わなくてどうするの!頑張れ私…!
「......私、カナメくんの事が、
『好き。』好きです。」
ん!?今、なんて...
『俺、アンタが好き。ずっと俺の隣にいて欲しい。
......駄目、かな』
「......ふふ」
『ちょっ...何笑って...』
「駄目な訳ないじゃん...こんなに好きなんだよ私。」
「...私の方が好きです。」
『...ぷっ、何それ...どこで張り合ってるわけ』
「へへ、これからだって、好き度は私が勝ちだからね」
『は。歳下のくせに、生意気。』
「いひゃい」
『俺はもう卒業、するけど』
『目移りなんてしたら、許さないから。』
「するわけないじゃん!こんなに好きなのに......ばか。」
『だから馬鹿は俺じゃない。』
「うーー、いひゃいっへわぁ!」
『ぷっ、』「ふふっ」
「カナメくん」
『...ん』
「わたしを選んでくれて…、ありがとう」
『...最初からアンタしか見てないから』
「え...?それどういう...」
『っ...なんでもない...』
「ちょ、教えてよ〜!」
『うるさい』
その言葉の代わりとでも言うかのように、触れるだけの小
さなキスが落とされた。
初めてのキス。
わたしは驚きがカンストしてしまって、カナメくんの思惑
通り、黙ることしかできなかった。
これからが、幸せの始まり。