人類進化論


「ずっとずっと何百年、何千年って時間をかけたら、人は進化して翼を持てるようになるのかな」



箒を使うんじゃなくて、魔法を使うのでもなくて。マグルの、……飛行機?そんな乗り物に頼るのでもなく。鳥のような翼が背中の肩甲骨あたりから生えてこないものだろうか。疑問に思ったことをそのまま口に出してから、リドルを見た。リドルは振られた話題に興味も示さず本を読んでいる。聡明な彼の意見が聞いてみたくてそのまま熱い視線を送っていたら、しぶしぶといった様子で顔を上げてくれた。



「無理じゃないかな」

「……どうして?」

「人には腕があるからだよ」

「腕があっちゃいけないの?」

「そう。いけないの」



小さな子供を諭すような口調で簡潔すぎる説明をしたあと、リドルはまた視線を本に落とした。仕方がないから、立ち上がって席を外す。ここは図書館なのだから、調べようによってはいくらでも解決する。



「ねえリドル」

「なあに名前」

「さっきの説明じゃ、納得できない」

「……調べに行ったんじゃなかったの?」

「そういう科学的な本、どこの棚にあるのか分からなかった」

「残念なことに、膨大な書籍を誇る図書館も、名前にとっては猫に小判なんだね。嘆かわしい事実だよ」

「うん、嘆かわしいね。だからリドルが教えて」



ぜひぜひお聞かせねがいたい。リドルの前の席にどんと座って詰め寄った。魔法においてはお見それするほどの知識を持つ学年主席さんはどのような根拠を持って、人は翼が生えてこないと判断するのか。あと、専門分野外であろう話題にどう切り返してくるかにも興味があったりする。



「……根拠、というか…、遺伝子の発達過程にも限界があるんだ。人類には使い勝手のいい便利な腕があるだろう?翼なんて必要ないと判断される」

「でも空を自力で飛べるなんて素敵だよ。悲しみのない自由な空へ翼をはためかせたいんだ」

「それは君自身の願望じゃないか」

「ダメかな」

「個人の願望如きには作用しない。その時代のニーズ、生態系に合わせるために、変化があるんだ。だから人は腕を選んだ時点で翼なんて得ることはない」

「ふうん。リドルは物知りだね」

「昔そんな説を本で読んだ」



また本か。茶化してやろうとしたけど、怒らせるとあとが恐いので大人しく口を閉ざした。リドルがそれを見て笑う。



「これもまた、進化の過程で遺伝子に組み込まれた結果かな。弱者は強者に従い服従する。弱い生きものが生き延びるための単純な知恵だ。浅はかだけど、効果的だね」



なるほど。そうかもしれない。わたしがいつもリドルに言い返せないのもやり返せないのも、そんな奥深い理由があったとは。フムフム、生まれながらに決定づいているということなのか、って違うわ。これ遠回しにコケにしてるんだよ。リドルが向けてくる笑みの裏側を読み解けば、どうやらわたしは生態系ピラミッドの最下層に位置付けられているようだ。虫が葉っぱを分解して栄養素に変えてるあたりな。失礼にもほどがある。東洋の島国には下剋上という素晴らしき言葉があることを、さすがのリドルも知らないのかしら……?



「何ニヤニヤしてるの。気色悪い」

「べっつにぃー」



けれどそれを言ったら不機嫌にさせてしまうかもしれない。不機嫌になったリドルは恐いから、ここは再び黙秘に撤する。やっぱりわたしの中には、分相応の危険センサーが深く深く根付いていた。翼よりも重要度の高いものを与えて下さりありがとう。そう神様に感謝した。

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