雛鳥は眠る


好きな食べものは甘酸っぱいフルーツ。宝箱にはキラキラした宝石とかかわいいリボンに、ふわふわ鳥さんのぬいぐるみ。
毎日着たい服の色はピンクで、一番、この世の誰よりもだい好きなのが、若様。



「ねえねえ若様、名前がおとなになったら、名前は若様のお嫁さんになれる?」



若様の足はすごく長い。キリンさんみたいに長い。若様の膝に寄りかかって、頬杖ついて上目遣いに見上げてみる。
前にジョーラが教えてくれた。男の人は、女にこう視線をよこされると、弱いんだって。イチコロなんだって。



「そうだなァ名前、……お前があと10年歳を取ったら考えてやら無くもねえ」



フッフッフと笑いながら頭をなでてくれる若様の手は、大きくてあたたかい。
わたしは、この手が大好きだ。若様がすき。なによりも好き。
ピンク色も好き。若様が好きなもの、何もかも好き。



「ほんとに? じゃあ名前と約束して、若様。10年後、若様は名前を若様のいちばん好きなひとに、してね」










…………というのが、10年前のわたしの過去。思い出すのも堪え難い。最早軽く黒歴史。この記憶を抹消できるならなんだっていい。死んでしまいたい。もしくはカームベルトあたりで沈みたい。忘却とともに溺死したい。





「フッフッフ……何をそんなにピリピリしている。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ、名前」


陰鬱な気分を更に上乗せするようにわたしを撫でようとしてくる大きな手を、思いっきり振り払った。



「……っ! それもこれもドフィのせいだからね。ドフィが今日もピンク、着てるから。いい歳した大人が恥ずかしくないの? 毎日毎日、そんな奇抜な色のコート着て……!」




ソファに悠々と座って昼間から酒瓶を直飲みしているドフィ――通称、ドフラミンゴ。我らがドンキホーテファミリーのボス。――の前で精一杯わたしは声を張り上げた。

ドフィはわたしの親代わり。
わたしは5歳かそこいらの頃、戦場で彼に拾われた。
それから紆余曲折で11年、彼とともに過ごし働いて拾われた命の恩に報いるために生きてきた。



「ツレねェなあ、ガキだった頃はあーんなにおれに懐いて、豪胆にも嫁になるとまで抜かしていたってのによォ。……どこで育て方を間違えたかねェ」



昔むかしの大昔は、それこそドフィなんかを慕っちゃって「若様」だとか呼んで随分懐いてしまってはいた、……が、それもう本当に思い出したくない。本当にやめて、そう言うの。




「……ピンク脱いで」

「誘ってんのか? 一丁前に色気付くようになりやがって」

「違う。ピンクはわたしの好きな色なの。このままじゃあわたしの服もピンク、ドフィもピンクでピンクかぶりじゃない。ドフィとお揃いなんて絶対ヤダ、だからドフィが脱いで」

「お揃い良いじゃねェか」

「絶対ヤダ。34歳のオッサンとお揃いなんてヤダ、ヤダヤダヤダ」

「……おいおい……拗ね方が半端ねえなお前。やっぱガキはガキのまんま、変わりねえってか」

「聞いてるドフィ!?」

「ああ……、聞いてるよ」



頬を膨らませて睨みつけると、ドフィの腕が伸びてきて優しくわたしの横顔を撫でる。
大きな手だ。いつまでも変わらない、温かくて強い、大きな手。



「この色が好きなんだろう」

「…………好きだけど」

「こうして撫でられんのも、好きだよなァ昔っから」

「…………ドフィの手、熱い。熱苦しい」

「おれのことも好きだろう」

「勘違いの過大評価、乙」

「もう一度呼んでみろ、名前。おれを、若様と」

「絶対呼ばない。死んでもヤダ」

「嫁になるっていうあの逆プロボーズはもうしてくれねえのか?」

「誰がするかロリコン野郎。あんなのもう無効だ、むしろ空白の歴史にしてやる」



わたしが吐き出す言葉はことごとく悪態ばかりなのに。ドフィは一切、気にしない。
いつまでたってもわたしを子供扱いして、お馴染みの含み笑いを噛みしめるばかり。


頬を撫でてくる指が擽ったくて、身を捩る。




……年甲斐もなくピンク色のモフモフコートを着ていたり、金髪にサングラスっていう友達に紹介するのも躊躇われるような出立ちで、いちいち恋人はもう出来たのかとか聞いてくる時なんか超絶ウザイけど、この人は私に家族というものを教えてくれた。それは存外暖かくて、居心地いい。
こんな風だからいつまで経っても、私は楽園のようなあなたの胸元から、離れられないのだ。

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