卑屈女のロジック


天気は良好。敵や他の海賊の襲来もなく、極めて平和。ルフィやウソップ、チョッパー達が魚釣りをしているらしく、はしゃぐ声はこちらにまで届いていた。ナミちゃんは蜜柑畑の手入れに行ってるしロビンはパラソルの下で読書。ゾロはいつもの如く、メリー号の欄干に寄りかかって昼寝でもしてるのかもしれない。皆、思い思いに太陽の下過ごしている。

対して根っからインドア派のわたし。キッチンのテーブルと並ぶ椅子の一つに足を組んで座り、暇を持て余していた。トントンと軽快に包丁が刻む音。キッチンは、言わば料理人のテリトリーである。そして、この気持ちのよいぐらいリズミカルな手捌きができる人間は、この船ではまず一人しかいない。夕飯の下ごしらえをしているコックさんを眺めていたら、ふと言葉が突いて出た。



「…………サンジくんってさ、わたしのこと嫌いでしょ」



包丁の音が止まった。ついで、彼が振り向く。こっちを見たサンジくんの顔はとても驚いていた。



「え? は? ……あれ? 名前ちゃん? ……なんか怒ってる? どうもご機嫌宜しくないようだね。もしかしてさっきのおやつのデザート、気に入らなかった?」

「特に怒ってないよ。デザートもすごく美味しかったし。ただ、聞いてみただけ」

「じゃあ何でそんなこと。オレが可愛いレディを嫌うなんて有り得ない。名前ちゃんはこんなにも愛らしいのに」


鍋に蓋をしてから作業を中断したサンジくんが近づいてきて、わたしの髪を掬う。ごく自然なその動作。自然すぎて、逆に不自然だ。きっと彼にとって深い意味はなく、たくさんの女の子に当たり前にしてきた手練の一つなのだろう。甘い言葉、告白めいた台詞だって、何も特別なものではなく。

わたしだって、こんな事して貰いたくて、聞いたんじゃない。愛らしい、とか、普通は誉め言葉だとしても、わたしからしてみれば価値なんてなかった。「嫌いでしょ、」そう聞いたのは、予想していた枠を越えた答えを、期待していたんだ。でも駄目だった。返ってきた予想は大当たり。それどころか期待はものの見事に外れて、遠い彼方にふっ飛んだけど。




「じゃあどうしたら嫌ってくれる?」

「……え?」

「サンジくんは、どうしたらわたしを嫌ってくれますか」

「ちょっと待ってよ名前ちゃん、」

「今日の夕飯はシチューでしょ。わたし、秘密にしてたけど実は人参苦手なんだ。それ残したら、サンジくんはわたしを嫌いになる?」

「……海の上で食いモンを残すのは、推奨できることじゃねえが……、人参で目くじらは立てないさ」

「前にウソップが茸を残した時、サンジくん超キレてた」

「野郎共はともかく、レディにキレたりしたら紳士失格だ」



本当にどうしたんだい。今日の君はいつもと違うね。
穏やかで、反面心配を含んだ優しげな声。サンジくんは自分を紳士と言うだけあって、女性の扱いはとても丁寧で紳士的だ。ナイスバディや美人には殊更弱く気持ち悪いぐらいにデレデレしてる時もある。そんな時のサンジくんは、死んじゃえばいい。心臓の動悸不純とか鼻血の出しすぎの出血多量で天に召されてしまえばいいんだ、とか。
そう思ってしまうわたしはどんだけ性格が悪いんだろう。




「………なら、ルフィみたいに食料盗み食いしてやる……! ついでに人参も、全部海にポイってしてやる!」

「おいおいおいおい!いくら名前ちゃんでもそりゃ許せねェ。冷蔵庫に手ぇ出しちゃあ“メ”、だ。わかったかい?」

「子供扱いしないでよ」

「これは失礼、プリンセス」

「…………」



ほら、ほら、ほら。そんな風に言わないで。そんな風に、気軽に呼ばないで。マイ・スイート・ハニーだとか、麗しのエンジェルだとか、馬鹿げたことを他の色んな子に使ってるくせに。今朝だって、ナミちゃんにメロメロデレデレだったくせに。確かに、寝起きのナミちゃんは最高に色っぽかった。わたしだって不覚にも見惚れてしまったわ。

だからこそ勝てないなぁって実感するんだよ。ナミちゃんやロビンみたいに胸が大きくて括れがキュッと締まってて、すらりとした美人だったなら、こんなモヤモヤとした想いを溜め込まないで少しはサンジくんに伝える勇気も持てたかもしれない。




絶賛大安売り、大バーゲンみたいな飾り立てた文句は、いらないよ。好き、とか可愛い、とか、優しくレディと呼ぶその声が特別でないものなら、だったらむしろ嫌って下さい。その他大勢に向けられるものでなく、唯一、ただ一人に向けられたものならば、わたしは嫌いという感情でさえ喜んで受け入れるのにね。

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