恋愛スイッチ


バレーシューズが床を擦る、キュッキュという音。
ダン、ダン、そんな風に小気味良くリズムを打つボール。
外よりも少し蒸し暑くて、でも時折、ひやっと涼しい初夏の風が開け放たれた扉から入ってくる。




「キャー!! 及川さーん!」

「及川さーん! 頑張ってー!」



体育館の二階には、黄色い声援を送る女子の集団。
それは同学年だったり、後輩であったりと様々だ。
及川さん、そう呼ばれた彼は、その声援にニコニコ笑いながら手を振りかえしていた。

あー、いいないいな。よし、私も言うぞ。

他に負けじと、声を張り上げる。



「キャー! 及川さん素敵っ! 抱いて!」



体育館に一際響いた私の声。
あ、届いた? 私の声、届いた?

そう思ってワクワクと及川さんの顔色を伺おうと手すりから身を乗り出した。
突如ビュッと目前に迫った、緑と赤と白。
それがボールだと気付いた瞬間には、もう既にその物体が私の顔面へとめり込んでいた。


……さすが及川さんである。投げつけるボールの痛さ、ハンパない。






みなさんこんにちは。
私立青葉城西高校3年の名字名前です。
モブ系の立ち位置だけど、これでもヒロインです。
そして私の片思いのお相手は、皆大好き及川さん。
同じ3年生で、男子バレーボール部のキャプテン。とても優秀で、県内でも有名な選手らしい。
そんな及川さんは女子にモテる。すごくモテる。
いつも色んな種類の女子が群がってる。
そんな彼と私は別のクラスで、会話と呼べるような会話をしたことがなかった。
普段接点がない分、朝登校して昇降口でばったり会った時は必ず「おはよう」と声を掛けるし、他にも部活前だとかに「今日も頑張ってね」という類の事を話しかけてはみるのだが、それ以上が広がらない。
懸命に話を振ってみても、いつも曖昧に濁されて目を逸らされる。

及川さんはほぼ全ての女子に対して人当たりが良く愛想もよくルックスもよい優男……といった具合に大人気なわけだが、どうしてか私だけにはそうじゃない。



盛大な尻餅で痛む臀部を摩りつつ、ぶつかってきたボールを拾う。




「ごめーん手元狂っちゃった、そっち大丈夫ー?」



無邪気な顔で飄々と呼びかける彼に、何故か他の女子が「うん大丈夫だよー」と答えている。
いや当の私としましては、結構、重症なんですけど。
彼女らはそんな私の様子を引き気味にチラチラ伺うものの、手を貸してくれる気はないらしい。
私は溜息を吐きながら、ポケットから鏡を取り出した。
鼻血は、……出てない。
ズキズキ痛む臀部を抑えながら立ち上がる。


下を見ると及川さんは早々と練習に戻っていた。

溜息、再び。



……どうやら私は、彼に嫌われているらしい。







「オイ、何やってんだよクズ川。さっきの勢い普通に引くわ」

「岩ちゃん……俺あの子苦手……」

「えっ……いやでも女子にボールぶつけるとかねーよ」

「ほんと無理なの、生理的に」

「お前にそこまで言わせる奴って……」



コートから何気に聞こえてきたそんな会話に、涙目。

しかし私はめげない。挫けない。
今日も明日も明後日も、「キャーオイカワサーン!!」そんな風にきゃいきゃい騒ぐ女子の群れに混じって、声援を飛ばし続ける。


バレーボール部のキャプテンで、女子にもモテてまさにど定番級のイケメンだ。
そんな人をこうして影から見つめてキャッキャしてるだなんて、ああ、私も青春してるなあとしみじみ思うわけで。
彼にとってその他女子でもいいんだ。むしろ片思いでいい。
あの及川さんファンのグループに目をつけられたりなんかした日にゃあ私はきっと死ぬだろう。瞬殺されてまう。
だからこうして他の女子に埋もれながら、ジャニーズ的な感じに崇めて憧れていればそれだけで充分なのさ。



……それって本当の恋じゃないんじゃないの?
だとか。
……名前って別に及川さんのこと好きじゃなくね?
だとか。
周りの友達から散々言われたものだけど、だから何やねん、っていう。


恋だって元々は錯覚なのだし。
花の女子高生時代を灰色一色のままにするよりは、ちょっとしたスパイスがあったっていいと思う。

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