お好み焼きを食べる話


「え、尾形と焼肉に行ったの?」


マジか、と真っ先にそう声を上げたのは杉元佐一くん。「え〜、ソレ大丈夫? 名前ちゃん、対価としてとって食べられちゃってない?」で、それに嬉々として便乗してきたのがこのグループの中でも一番のお調子者の白石で、その白石の坊主頭をぺちりと叩いて「コラッ」と嗜めたのが明日子ちゃん。一番歳下なのに頼りになって、最高に可愛いみんなのヒロイン、小蝶辺明日子ちゃんだ。


「尾形はちゃんと待てのできる分別ある大人なんだ、シライシと違って」


テーブルの上の大きな鉄板を前に各々担当のボウルを持ってザクザクと中身を混ぜ返しながら、そりゃあもう好き放題に話している。千切りキャベツをベースにエビやらタコやらお餅やら、そういったものを水で溶いたお粉と一緒に全部ぐちゃぐちゃにかき混ぜて熱々の鉄板に流し混むそれはもう言うまでもなく、立派なお好み焼きだ。
 全てにツッコミを入れるのが面倒だった私は、「徐々苑、最高だった」とだけ述べた。途端、おお〜、お高い肉ぅ〜、と歓声が上がる。


「俺も尾形ちゃんに連絡してちょっくらご飯に誘ってみようかな☆」

そう言った白石に佐一くんが首を振った。


「やめとけやめとけ。あいつに無闇に絡んだところでブロックされるのがオチだから」


佐一くんはもともと、尾形さんのことが苦手だ。苦手というか、仲があまりよろしくない。火と油、いや、犬と猫のようだと表せばいいだろうか。とにかく拗れに拗れたその関係は、なんの禍根も無くなったはずの今も二人の間に深い亀裂を残している。


「……ていうかあいつ、名前ちゃんに会ったつうことさえ俺達には言わなかったもんな。いっつもすました顔してよ。……ねえ尾形の野郎、いま何してんの?」


そう言った佐一くんの表情はどこか余所余所しげで、だけど完全には無視できないといったような、照れを隠すような、不貞腐れた微妙な表情をしていた。心根は優しい佐一くんだ、知り合いともなれば、やはり多少は気になるのだろう。私はとくにからかいもせず、それに答える。


「大手IT企業のシステムエンジニアやってるんだって。半分以上在宅で仕事をして、たまに本社に報告も兼ねて出勤してるみたい。その時は眼精疲労に悩んでた」


いつか聞いた話を思い出しながら伝えると、隣りに座っていた白石に「ヒュウっ、やけに詳しいね、妬けちゃうくらいだぜ!」と両指を差された。こいつは今日一日この手の路線で行くらしい。激しくウザい。白石のお好み焼きだけひっくり返すの盛大に失敗すればいいのに。その願いが無事天に届いたのか、白石は自担のお好み焼きを向かい側の佐一くんと半分合体させてしまい、佐一くんに殴られた。明日子ちゃんはそんな二人には目もくれず、自分の焼いている生地を熱心に見つめては「すでに美味しそうだなっ!」と口から涎を垂らしていた。
私はこんな風に誰かと共にする食事が好きだ。もっと言えば、時代は変わっても根っこの部分は変わらない彼らと食事をすることが、好きだ。一見騒がしくもそれは常に楽しい雰囲気で満ちていて、その卓の一員として座るたびに、安心できた。孤独とも呼べる寂しさの中での、数少ない心の拠り所だった。
私もみんなと同じようにヘラを握って。自分の生地をゆっくりとひっくり返す。うん、丸い。ふっくらと、赤きつね色に染まったそれにはいい感じにお焦げが乗っていて、焼けたバターと明太子の匂いがした。匂いに誘われて、口腔に唾液が滲み出る。
古ぼけた畳と、年季を漂わせる座敷。お世辞にもきれいとは言えない店だし、この間尾形さんと行った焼肉店とは百八十度、趣の違うものだけれど、これはこれで味があっていとおかし。うまく排気されずに天井に溜まる煙が僅かに視界を白くする。もう戻ることはないあの日々の懐かしさがほんの少し胸に染みて、チクチクした。


佐一くんは大学生だった。私とは違う大学だからこういう場でもないとあまり顔を合わせないけれど、それでも彼は彼なりにキャンパスライフを、今の人生を楽しんでいるようだった。佐一くんは佐一くんの知り合いが経営する居酒屋でバイトをしていて、たまの出勤前には私が働くコンビニに寄ってくれる。
明日子ちゃんは、佐一くんの近所に住んでいて、この春中学生三年生になった。最近はよく進路の話をするようになったし、朝は食パンを数枚咥えて、走って学校に行っているそうだ。若さって眩しい。中学生の頃は色々あって、妙に擦れてしまっていた私とは大違いな健全さを持って生活している。
ここで心配なのが白石で、白石曰く、現在休職中とのこと。大丈夫なのかこの大人。未だ逮捕歴がないのだけが救いである。そう言ったら、「まあこのご時世に捕まったらヤバイじゃん?」とウィンクを投げられたので本人はあまり反省してない様子。大丈夫なのかこの大人。
 焼き上がったお好み焼きにタレと鰹節とマヨネーズと、青のりをたっぷり掛けて。四等分したものをみんなでそれぞれに一ピースづつシェアする、この和気藹々さが愛おしかった。尾形さんとの関係がああしてなんだかんだと続いているように、彼らとの関係もまたこうして続いていけばいい。途切れない絆であってほしい。


「んー、うまい、ヒンナ!」


 口いっぱいにお好み焼きを頬張って、堪らず佐一くんがそう溢した言葉に、私はそっと願掛けをした。

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