三文芝居に三行半2
「俺と付き合って」
イライラする。
「なあ聞いてる? 俺と付き合ってよ」
「……だから何処によ? また男子便所? あんた人前で何回もよおしてんの」
「いや、俺とって言ってんじゃん。つうか女子を連れションに誘うわけねーだろアホか」
「あらあたしを女子と認識していてくれてたとか初めて知ったわ」
読んでいた本を閉じた。
パチパチと薪が爆ぜる暖炉の前が非常に名残惜しい。
あたしは泣く泣く、ソファから腰を上げた。
このバカ犬に邪魔されなければ、この談話室の絶好のポジションから立ち退く必要もないのに。
「ちょっと待て、どこ行くんだよ」
「あんたのいない場所。つまり、部屋に戻る」
「お、ま、待て、少し落ち着けって」
「あんたが落ち着きなさいよ、頭を冷やして、そしてあたしの手を離して」
あれから毎日毎日しつこい。この男はしつこい。
同じ寮だから顔を合わせる頻度も比較的多い。だからなおさら、ウンザリ。
「だから言ってるでしょう。例えばあんたがホグワーツの北塔のてっぺんから飛び降りてくれるなら、前向きに検討してあげるって」
「段々ハードル上がってね? この間は、いっぺん湖に沈んだら、って……」
「大体、あんたと付き合ったとしてあたしにメリットがない。シリウスにはあったとしても、あたしにはない」
「学校一のイケメンを彼氏に出来る」
「割に合わないわ」
「なんで」
「言ってるでしょ、あたし、純愛が好きなの。フラフラフラフラ、色んな子にちょっかい出すのが好きなあんたと違って」
仮にあたしと付き合ったとして、何か変わる?
所詮はフェイク、シリウスにとっての都合のいい関係ってだけじゃない。
そんなのふざけてる。というか、いい加減あたしに対し、そしてそんなクソなシリウスを想うその多大勢の女子に対し失礼だという事に、気づいてもいいと思う。
今回は、囃し立てるような口笛は聞こえなかった。
シリウスのお仲間達(主にウザイのはジェームズ・ポッターだけだけど)も、何故か固唾をのんでこちらを見守っている。
あとは、下級生数人がこちらの様子をひっそりと伺っているだけ。
…………何よ何なのこの空間は。
誰か無駄話でもしてなさいよ物音の一つも立てなさいよ。
居心地の悪さにあたしは目を泳がせつつ、シリウスの腕を振り払う。
「離してって言ってるのが理解できないの、」そう言い放つとシリウスは心なしか(気のせいなのかもしれないけど!)しょんぼりと肩を落とした。……ように見た。
ちょっとだけ、良心がチクリ。ちょっただけ、ね。
「付き合ってくれ」
ああやっぱり前言撤回。
この男なんも学んでないわ。
冒頭のやりとりに一気に巻き戻しだとか本当イライラするんですけど。
「……だから何度言わせるんだよ。何処にだよ。男子ト、」
「……っ! じゃあさ、他の子とはもうキスしないっ。セックスだってしないって約束するし、俺が愛を囁く相手はお前だけだ、名前。それならいいか?」
…………え。
何ソレ。
え、真顔で何言ってんの。
シリウス、あんた、どうしてそんなに必死なの。
「…………意味ふめー」
「は!?」
「…………だって、そうでしょ。シリウスは、他の子と軽い関係で遊んでいたいから、あたしとフェイクで、って……でも、そしたら、そんな約束してたら意味ないじゃん……」
少しづつ、頭から色んなことが抜け落ちていく。
あれ、そもそも何でこんな話を、シリウスと、ガチな感じでしてんだろ。
馬鹿げてる。
意味、不明。
「意味ならある」
意味なら、ある。そう、ゆっくりと一言を吐き出すシリウス。
いつものふざけているような雰囲気だとか、からかってるような雰囲気は一切無かった。
何、ずるい、こんな時だけ。
真剣なシリウスの目にはあたしだけが映っていて、故に戸惑ってしまう。
シリウスが、そっとあたしの右手を取って胸元へと引き寄せた。
…………。いや、分かってる。
こんな、ふざけた男の言動をいちいち真に受けては、いけないって。
ちゃんと、分かってる。
けれど心臓はこうした不測の事態に対処出来てはいないようで。
勝手にバクバク早鐘を打ってるし、頬に熱が集まっちゃってるし、恥ずかしいしで、もう最悪。いっそ爆発したい。
「お前が好きだ」
「………………だったら最初から素直にそう言いなさいよ馬鹿!」
「まったくだね」そう相槌を打ちながらムカつくぐらいの訳知り顔で頷いているジェームズ・ポッターを視界の端に捉えたまま、あたしは左手に抱えていた分厚い参考書を振り上げた。
最後にもう一発ぐらいは、こいつの顔を殴ってもいいと思う。