君だけのヒーロー


周囲の人間など眼中にすら入ってこない中、なんとも不思議なことに、彼女は当たり前のように僕の隣に存在していた。物心がついた頃より既に一緒にいたからか、孤児院ではいつも二人で行動していたし、とろくてすぐ苛められる名前を助けることも日常茶飯事だった。他のガキにおやつを奪われ、名前がわんわん泣くのは午後三時。誰が泣こうが喚こうが一切興味なんてなかったけれど、名前は別だ。どうしてか、別。名前が泣いてるとどうにも苛々する。だから泣かないように、名前を泣かせる原因となるものを徹底的に排除した。元々僕は周囲から浮いていたが、排除活動を行い始めてからは完全に名前も浮いてしまったらしい。余計、二人で過ごす時間は多くなった。記憶を振り返ってみても、彼女が存在しなかった瞬間なんて思いつかない。それこそ生まれた時から隣に居るような相手だ。名前の考えてることも大抵お見通しで、それは名前にも当てはめられることらしくお互いの性格も思考も、それこそ感情のベクトルがどのように傾いてるのかさえ察することができる。名前とは人間性的に全く異なるタイプだったのにも関わらず、それこそ相性がいいのか、名前と居ることは呼吸をするのと同じだった。要するに、極自然なことなのだ。




「ぼくのことは、これからリドルって呼んで」

「……なんで?」

「だってつまらないじゃないか。トムなんて名前、ありふれてる」

「でもトム、せっかくお母さまがくれた名前なのに……」

「名前」

「……わかったよ。…………リドル、」

「そう。それでいいんだよ。ほら、ご褒美あげる」


飴を渡すと、なんとも難しい表情をしていた名前の目が輝いた。


「……わあ! おやつの時間じゃないのに、すごい!」



嬉しそうにはしゃぎ飴を口に放った名前を確認し、自分の分の包み紙を開く。飴なんて院の職員室からこっそり盗んだものだけど、名前はそんなこと知らなくていい。





ホグワーツに入学してから、以前と比べ名前との時間は格段に減った。一日の大半を共にし、昔はそれこそ同じ部屋、同じベッドで眠っていたのに、寮生活になったことでライフスタイルもがらりと変貌した。元々男女の差があるのだから、成長するにつれこうなることは、普通なんだろう。幼い頃と何もかもが同じというのも、無理がある。それは理解していた。蹴り飛ばされることなく安眠できる夜も彼女の居ない部屋も、時間が経てばそれなりに慣れてきたし、物足りなさも感じなくなった。


それでも、他者から見ればまだまだのようだ。幾度と繰り返されパターン化された質問に答えるのも、うんざりとしてくる。



「ねえトム。トムと名前って、とても仲がいいように見えるけど……」

「仲がいいのは当然だよ。だって名前と僕は双子だからね」

「あらそうなの?知らなかったわ……! だってファミリー・ネームも違うし、全然似てないものだから」

「一卵性じゃないんだよ」


本当は、血すら繋がってない。ただ、強いて表現するならば双子のような、それが適当だっただけ。それでも微笑を浮かべて嘯けばそれだけで相手は納得するのだから、単純すぎて、鼻で笑いたくなる。顔も知らない女の話に付き合うほどの暇もない。そもそも面倒だ。授業開始の予鈴が聞こえたのを幸とし、「それじゃ」と女を振り切るように早足で校舎に引き上げた。




「また苛められたの?」



人気の無い空き教室の隅でうなだれ、椅子に縮こまるように座っている名前を、僕は見下ろした。うんざりとした倦怠感と苛々が、不条理に体の全神経を犯していく。教室にも寮にも居ないとなると大体はこれだ。肩を震わせ泣き声を押し殺す名前の柔い髪を、そっと指で梳いた。



「わたし……、やっぱり少し、……リドルと距離を、置きたい」

「どうして?」

「だって、昔から、いつだってこうなんだもん。……女子のグループに混ざれないのは、……ちょっと辛いよ」

「でも許さない」

「リド、ル」

「お前が僕から離れるのは、許可しない」



大丈夫だよ名前。杞憂する事など何もない。名前には、僕が居ればそれだけで充分な筈なんだ。どうしてもと言うのなら、僕がまた昔のように名前を守るよ。名前を泣かせるもの全てを、この僕の手で排除してあげる。

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