役に立ちたいのなら


うつらうつらと意識を飛ばしかけている名前を横目で見た。
瞼が重たそうに上下し、今にも眠りに落ちそうだ。
それでもその眠気を必死に振り払っているのは、たぶん、おれが普段コイツの寝ている場所に座ってるから。
横になれないということ以前に、おれに文句を飛ばせる度胸なんて名前には無いに決まってる。

非難が込められた視線だけは二、三度向けられたが、あえて素知らぬ態度で医学書に没頭しているフリをしておいた。
頭を不安定にユラユラさせて眠気と必死に戦う名前のアホ面。密かに、笑いを噛み殺した。




例えば傷一つないその腕。やや視線を下げれば、皮膚に隠された血管が透けて見える。
こちらがギョッとさせられるぐれェに薄いその膜は、刃物を宛がったでけで、スッと切れてしまいそうだ。
現にコイツの首には、人質になったときの傷がピンク色の線になって残っている。
そしてもう一つ。刀や、例え農具を扱っていたとしても、胼胝のしこりや皮の硬い層は出来るはず。
こんな手をしてるのは、大事に育てられてきたお嬢様ぐらいなもんだ。


身体の作り全てが俺たちと比べてかなり脆弱なのはこうして改めて観察しなくても分かりきったことであって、なのにこの存在が、この腕が、この掌で銃を構える姿を、誰が想像できる?
不釣合いにも程があんだろ。


大人しく守られてりゃあいいと思うんだが、ペンギンとキャスが余計な発言をしたせいで名前が俄然その気になってしまった。
コイツを飼う際に、命の保障は出来ないと宣言はしたものの。……それは腹を括らせる為の建前上の言葉であって、実際放っておくわけねえのに。

そもそも名前が銃を持つことなんて大して役立つとは思えないわけで―寧ろ暴発さえ引き起こしそうだ―、そういうことはさせたくないのが本音である。自分がお荷物であると何かあるごとに気に病んでいるようだが、おれとしちゃあ名前の存在を何かに用立てするつもりもなかったのだから、ペットはペットらしく愛玩動物として船でのうのうとしてりゃあいいのにとも思う。
しかしそんな本音よりも何よりもペンギンの考えは理に勝っているのだから、……それが非に落ちないことを、せいぜい祈るしかない。





「名前、」

「ん、……んー」


名前を呼べば、瞼を持ち上げるのに一生懸命になりながらも、唸るように返事が返ってくる。



「武器を持つってことはな、それが自己防衛の目的だっつても相手にとっちゃあそれは殺しの道具だ」

「……うむ」


話している間にも段々と、夢の入り口に片足を突っ込み始めたようだ。
右肩に微量の重みが加わって、そこからポカポカと人体が発する熱が伝わってくる。



「その道具を持ってるだけで、今度こそ容赦なく狙われるぞ。命のやり取りってのはそういうもんだ。言い訳も糞もねえ」

「……ローさん、は、反対……?」

「最初からそう言ってるだろうが」

「……そうだっけー。でもペンギンさんが、」

「あいつのことは気にするな」

「南極の、……大陸で」

「ちょっと待て何の話をしている」

「飛んだ」

「……………ハァ」



大きく溜息を吐いた。


何だっつうんだ。おれは寝言喋ってる人間相手に話しかけていたのか?

腹立たしくなって、膝の上に置いておいた本で名前の額を殴ってやった。それでも気持ちよさそうに目を閉じているのだから、おめでたい奴だ。奇襲がきた所で暢気に昼寝してるような危機感ゼロのタイプだな、コイツは。



「でも、」

「?」

「……言われたから、じゃない、……けども、……ローさん、……の、足手纏い、……みたいに? なりたくないから、少しでも、役に立ちたくて…………南極に行く」

「…………。おう、行ってろ」



現実と夢との狭間で意識が混濁しているのか。名前の言葉に脱力させられながら、天井を仰いだ。



今夜はここ一番の寒さだ。先程から雪もチラホラ振り出してきて、見張り番の役が回ってきたクルーが哀れになるほどに、気温がグッと低下し氷点下を軽く下回った。

暗い海が窓の外に広がっているのを眺めてから、ソファから腰を上げる。額に接していた支点がなくなったことで、名前の体がぐらりと傾いた。
棚の六段目、きっちり並べられた列に本を戻し、明かりを消す。それから名前を抱えて自分のベッドに押し込んだ。その中に自分も入って毛布をしっかり巻きつける。ちょうどいい感じの熱に腕を絡ませ、引き寄せた。冷てェ布団ってのは好きじゃねえ。誰かの隣で熟睡するってのも、職業柄か好むことではなかったが、こういう活用方はアリだな。



役に立ちたいのなら
(それで十分だ)

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