ペットの有り方


どうも海賊というのは、酒無しには生きられない生き物らしい。

クルーの一員として酒屋について行ったあの日からというのも、大概何をしていても夕刻に近づくとローさんに「飲みに行くぞ」と誘われる。
……おっと語弊が。連れ去られる、の間違いだった。
お留守番してますからとやんわり拒否してみても、なら首にリードを括りつけてでも無理やり引っ張っていってやるとまで脅されれば、誰だって嫌とは言えないはずだ。

後でペンギンさんから聞いた話だが、ここまでローさんがしつこ……、一々わたしを連れて行こうとするのも、島に上陸した初日に放置したことを彼なりに気にしているらしい。
ペンギンさんは笑いながら、「たった一匹の世話もできねえなんて飼い主失格だからな」とローさんが洩らしていたことを教えてくれた。
それが冗談か否かはさて置き、あの放置事件にそんな背景があったことを知った今では、大人しく皆の後ろを歩いて酒屋について行く。
特にお酒を飲みたい気分でないにしろ、相手は厚意で誘ってくれたのに違いはないだろうから、無下に断るのも気が引けた。


4日連続で同じ酒屋に団体で押し寄せ、飲んで食べて歓談し同じような時間を過ごす。
この頃になるとわたしもすっかり定位置が決まっていて、ローさんの膝の間に座りながらちびちび食事をするのがお決まりとなっていた。
いや、好きでこんな所にいるわけではないのだけど。ここに来いって命令されたし。ローさんのお膝元にいると何かとご馳走やお高そうな焼肉を分けてもらえるので、まあこの現状を、甘んじている。
一見男女でそういう体制にあれば、あらラブラブねと囃し立てる方もいるかもしれない。だが誤解するなかれ。あくまでわたしはハートの海賊団の厄介になっているペットである。
ある時は湯たんぽになりある時は癒しを与え、とにかく愛玩に徹するのだ。と、膝の間に座ることにちょっとばかしの抵抗を見せたあの日、船長からお達しがあった。


ペンギンさんやクルーと談笑しながら、時折存在を思い出したように、二、三度わたしのモフモフの帽子を撫でては、また話に花を咲かせる我がご主人。兼船長兼トラファルガー・ロー。
いっそベポを抱いていればいいんじゃ?そう提案したら、「あいつを膝の間で抱えるにはちょっとデカ過ぎる」と返ってきた。
どのサイズがジャストフィットでどのサイズが駄目なのかなんて興味はないが、ローさんのことだ。モフモフの物だったら何でもいい気がする。今度抱き枕でもプレゼントしてみようか。って、わたしお金無いんだった。
(小銭入れの中の10ベリープラス、ローさんへの借金ときた。もう破産するしかない)



夜が明ける頃にはログが溜まるだろうとクルーの航海士から聞いた日のことだ。
明日は出航する準備もあるだろうと、ベポと一緒に早めに酒屋を後にした。
寒いねそうだね、交互にそんなことを言い合いながら船に戻って早めに寝床のソファに丸くなる。

おそらく空が白ばみ始める直前の時間、だと思う。ローさんが、帰ってきたのは。
船長室に響くヒールの音に一度目が覚めて、窓の外を見れば大体の時間は掴めた。朝帰りということは、女の人とやることやってたのかなー。出航前だしそりゃ吐き出すことも必要だわと自己完結して、また二度寝に入った。
ローさんが帰ってきてから、部屋は微かに、男ばかりのこの船ではまず嗅ぐ事がないような甘い匂いがした。





船出の前というのは何かと物入りだ。コックが買い集めた食糧等を、大勢で船に積まなければいけない。
わたしも、女だからと尻込みするわけでもなく、飲み水用の大樽を船に運ぶという作業を手伝っていた。
周りのクルーが軽々と運ぶそれもわたしにとっては重労働である。たぷたぷ水が入った樽はそれなりに重い。
斜めに傾け角を利用しコロコロ転がしながら一歩一歩進んでいると、どこかアホっぽい声が聞こえた。と思ったら、キャスだった。



「名前ー、船長はー?」


野菜が入った木箱を肩に担いだキャスが聞いてくるから、有りの儘の状態を説明する。



「……まだ寝てる」

「なら起こしてこいよ。そろそろ、船出すって」

「えー……。キャスが行きなよ」

「やだね。船長、無理に起こすと機嫌悪くなるし」

「それは知ってる。……なら、……何もわざわざ地雷踏まなくたって、」

「船長の許可なしに勝手に出航させることはできねえもん。もう準備も終わるだろ? その樽はおれが運んでおいてやるからさ」

「わたし生贄か…!」

「名前なら平気だって」

「どこに根拠が」



キャスでは話にならない。
このままではローさんを起こすという危険極まりない役回りが押し付けられかねないと、傍を通りかかったペンギンさんを捉まえた。
ペンギンさんなら、大丈夫。だってわたしの師匠だ。そう期待したものの、彼は珍しく輝かんばかりの笑みを浮かべこう言った。


「名前、今度こそ、だ。甘えるようにやるのがコツだぞ。船長は、動物の可愛いしぐさとかに弱いから」




…………。
つまりは、さすがの師匠さまも、ローさんの寝起きの悪さは手に負えない、と。



動物に弱いならせめてベポの効果に頼ろうと、ベポに協力をお願いするも断られてしまった。


「ごめんね、ごめんね名前! 最初の内は良かったんだけど、最近だとおれでもキャプテンを起こすの、難しいんだ」

「ああ、……うん」

「ごめんね!」

「あ、謝らないで。こっちこそ、ごめん」


ベポが物凄く気の毒そうにするので、落ち込む暇もない。
結局、わたしがやるしかなさそう。やだなあ。一緒に部屋を共にしてるからこそ尚更、今回の任務の重さが分かる。
昨日、……あ、今日か。ローさんは朝帰りであまり寝てないだろうから、……その睡眠を邪魔したわたしは、五体満足で居られるのだろうか。
任務を遂行し終えた後を想像するとどうにも気分が沈む。海に投げ捨てられた鉄アレイの如く。





「船長。ローさん。キャプ、テン」

「……」

「船、出したいって」

「…………」

「日も随分高く昇ってるし、起き、」

「…………うるせえ」



地獄の底から這い出たような声が枕に埋めた顔の隙間から発せられ、ヒィィィイと怖気ずく悲鳴を堪えながらも、肩あたりをちょんちょん突付く。案外短気な人なので、そこは慎重に、だ。



「キャプテン、ローさん、船長、」

「…………あと1時間」


顔を上げ半目を開けたローさんがピッと人差し指を立て、またぐたりとうつ伏せに倒れこむ。



「……。具合、悪いんですか」

「……」

「昨日あんなに飲むから」

「…………」



二日酔いかな。顔色も、悪そうな気がする。これは今日に始まることではないけれど。
目の下の隈も一層濃い。これも、今日に始まることではないけれど。



さて。これで晴れて、任務は失敗しました、ということに出来るかな。こんな状態(寝不足と二日酔い)のローさんを起こせだなんて自殺行為を強いるほど、皆も鬼ではないだろう。
よし。そうと決まればさっさと帰ろうさっさと逃げよう。


……しかし、いくらお酒が好きだからって、出航前日くらい飲む量を自重するとか、そういう自己管理の一つや二つ出来ないものだろうか。





「………医者の不養生」


そう呟いて、自分の言ったことにププッと小さく噴出しながら部屋を出ようと背を向ける。うん、まさにこれだ。わたし今すごく冴えてる。キャスにも言ってみよう。きっと、大ウケするはずだ。



「“Room”」

「…………。え?」




ペットの有り方
(ある時は湯たんぽになりある時は癒しを与え、とにかく愛玩に徹しまたある時はご主人様の目覚まし然り、)

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