すれ違い


こんな朝っぱらから、ちまちまとよくもまあ……。
苺が添えられたシリアルをスプーンでぐちゃぐちゃかき混ぜながら、手紙を摘む。
先程届いたばかりなのでまだ未開封、けれども昨日の今日でもあるので、なんとなく、どういう手紙なのかは察していた。
差出人は書いてない。それがいかにも、キナ臭い。
あー。くっせえなあ。こいつはくせえ。
ゲロ以下のにおいがプンプンするぜーッ!

…っと、これはお食事中に失礼。




そうやって半ば内心でふざけていると、「おはようナマエ」そう口々に言いながら仕掛け人たちが大広間にやってきた。
ジェームズ、シリウスが斜め前に座り、続いてリーマスとピーターがあたしの隣に座った。


「今日は早いんだね」


リーマスが意外そうにあたしを見る。



「また寝坊かと思ってたのに」


ジェームズがニヤニヤと茶々を入れる。
彼の手は早くもフォークを掴んでいた。



「え……いや、まあ、早く朝食に行った方が、比較的穏やかに朝食を済ませられる……かなー、と」



あたしはモゴモゴと言葉尻を濁しながら、スプーンで牛乳を掬い、飲み込んだ。
ついでに、手紙もさりげなくテーブル下に持っていき、左手でぐしゃりと潰した。
こんなもの、彼らに見せた所で面白いことなど一つもないし。



「そういえば、手、大丈夫だった?」


あまり触れられたくはない話題なのだが、ピーターがオロオロとこちらを見つめてくるので、あたしはビシッと右手を挙げて見せた。


「余裕のよっちゃんデス。昨日、マダムはちゃんと医務室に居ましたし、リーマスが迅速に連れてってくれたのでこのとーり! 」



まだ絆創膏が3枚ほど貼ってるけど、あの直後よりはだいぶマシにはなったはず。

ホッと表情を緩めたピーター。よしよし、こっちは大丈夫みたい。
リーマスにも「ありがとう」と笑いかけてみたら、彼はやや眉を寄せながらも、「どういたしまして」と笑顔を返してくれた。
……うーん。微妙に引っ掛かるものはある。
リーマス、ほんと鋭いからなあ。



ピークタイムに差しかかった大広間も、ザワザワと賑わいをみせ始めた。

おっと、こうしちゃいられない。
あたしは急いで立ち上がる。



「んんっ、ではあたしは一足早く授業に向かうとするかね! お先にです、みなさん!」

「は? もう行くのか? いくらなんでも早すぎね?」

「なになにシリウスくん、もしかしてナマエちゃんが居なくて心細い、とかとか言っちゃってくれますデスか!? あはんごめんね、寂しい思いをさせて!」

「ちげーよ、ばーか。そうじゃねえけど、」

「ならばまた教室で、なのデス! ばいばいきーん!」



けど、と言い掛けたシリウスから逃げるように背を向ける。
そのまま慌ててテーブルから離れたのだけど、ちょっとばかし、タイミングが悪かったみたい。
大広間の扉を抜けようとした時、「イイご身分ね」って陰口が聞こえて、誰かの足に躓きそうになった。
ちょうど大広間に入る集団とすれ違う瞬間だったから、誰が言って誰が足を掛けたのかまでは分からない。
されども随分、あからさまだこと。



「あーあー……ちょっと調子に、乗り過ぎましたかねえ、」



廊下をトボトボ進んで、人気のない場所まで来た。
左手の拳をそっと開く。ずっと握りしめていたせいか、手紙はかなり変形していて、元の形に直すのに少し時間がかかった。
封筒の端を破って開ける。
見なきゃいいのに、とも思う。
見たって何にも良い事なんて、ないんだから。


やっぱり、というか、『死ね』『糞女』『消えろ』そういう単語ばかりが羅列する文面があまりに想像通り過ぎて笑ってしまった。
ただ、その単語が羊皮紙1メートル分くらいびっしり書かれていて、その分、敵意だとか悪意だとかの大きさが伺えて、それに気づいたときはちょっと呆然とした。


いや……。
あたしこういうの、初めてだし。
元の世界で、イジメとか、あったこと、ない。
こう見えてあたしの心は繊細だかんね、ガラスの剣だかんね。

……。
どうした、ものか。




「なにそれ」


いつの間にかすぐ背後に誰かが立っていた。
急な問いかけに振り向くと、そこには仏頂面のシリウスが。



「ほ、おおお? ……っと、まさか追いかけて来てくれたんです? いやあ感心感心、さっすがシリウスぅう!」

「誤魔化すなよ。なにそれ、って聞いてんだけど」

「……えー……それって?」

「お前が持ってるその紙!!」



まさか、読まれた?



「……なに怒ってんンの……」



あちゃー。
読まれてるっぽい。




「どうしてさっき会った時、俺達に言わねえんだよ。朝、送られてきたやつなんだろ?」

「……そうですけど。シリウス達には、関係のナイことなんで。報告の必要はないと考えたまでデス」

「…………」

「ってか、何怒ってンですか、さっきからー? 顔恐いですよ? せっかくのイケメンが3割引に、」

「誤魔化すなって言ってるだろ!」



どうやら意図的に話をずらそうとしてたのがバレたようだ。
ついに怒鳴られて、身を竦める。



「だってー……マジでシリウスくんとか、関係ないですしぃ……」

「関係なくないだろ」

「どうしてそう言い切れるンですか」

「リーマスに聞いた」

「…………リー、マス?」

「そう。さっきも。リーマスは、お前が俺達に隠れて手紙握りつぶしてたの、見てたんだよ。昨日、魔法薬学の授業中に怪我したのも、俺のせいだったんだろ? なんで言わないんだよ?」

「…………」



シリウスが一歩前にずずいと身を乗り出して、問い詰めてくる。
その分距離を開けようとしたら、今度はガッシと肩を掴まれた。
悲しいかなそこは男女の差、大きい両手が「逃げるな」とばかりに身動きを封じてくる。

この状況に、あたしは内心頭を抱えながらも、やんわりとシリウスの腕を押し返した。



「だからさー、君のそういう行動とかが、火に油だっつってんの……」



友達思いなのはイイんですけどね?
乙女ゲー的には拍手喝采フラグなんだけどね?
それを快く思わない人多数! なぐらい、君はモテる人物なわけです。
周りの視線に無自覚すぎるのも色々と厄介なものだ。


いつの間にか周囲に、ちょっとした人だかりが出来ていた。
「痴話喧嘩?」「は、ナニソレ、シリウスとあの子付き合ってんの?」そんな感じでヒソヒソヒソヒソ。

あーもう!!
だから避けてたのに!!
シリウスと出来る限り、一緒に居ないようにしてたのにいいいいい!



「どういう事だよ?」そう首を傾げるシリウスを肘で軽くド突く。
「ちょっと場所変えよーか」そう提案してシリウスを引っ張り、中庭へと移動した。




すでに一限目の鐘が鳴った後だからか、中庭はこの時間に授業がない上級生が数人いるだけだった。
彼らはペチャクチャと雑談をしていて、こちらに関心がないっぽい。
まあ、この辺りならあまり人目に付くこともないだろう。

安堵の溜息を洩らしながら、城の石壁のでっぱりに腰を下ろす。



「なんてゆーかさ」

「……ああ、」

「君達って派手じゃないですか。悪戯仕掛人って名乗っているだけあって。……良い意味か悪い意味かは、置いといて」

「そこはほっとけよ」

「まあそンなんだからさ? 男女問わず、注目度もけっこー高いと思うんデス」

「んー、まあ、そうだな」

「特にシリウスなんかは、女の子からモッテモテなんでしょう?」

「おー」

「……無駄にキリッとした顔作らなくていーから」

「…………あっそ」



不満そうに、シリウスが隣に腰を下ろす。


そうやってグダグダながらに話をしていると、ずっと前から友達だったみたいな感じがする。
無駄な気遣いや緊張がいらない、昔からの友達。
出会ってまだ、数週間しか経っていないのに。

正直、変な気分だった。




「こういう事になんの、当然だとも思うんですよねえ。学校中の、なにかと目立つ人気者集団に、あたしみたいな女がひょいひょい近づいたらさ、それにむかっ腹立てる女子がいンのも、当たり前っちゃあ当たり前なんですよ。そのへんはまあ、あたしの行動が軽率だった部分でもあるというか」

「……わっかんねーなあ、そういうの。だって別に、俺と、その……ナマエが付き合ってるとかじゃ、ねーだろ。ダチと同じでそれこそジェームズとかと変んねえっていうか」

「ああ、うん分かってないね。女心というのを。君は全っく、理解していないデス」

「…………あっそ」


二度目だ。
シリウスが大っぴらに、鼻を鳴らした。



「そういうの、関係ナイのです。年頃の乙女というのは、もっと繊細な生き物なんデス」

「……お前を見てるとそうは思えねえけど」

「でもそれ以前に、執念深くてねっちこいのもまた乙女という生き物なのですインセンディオ」

「あっぶね……!」


あたしの杖先から噴き出した炎にシリウスが片足を上げる。
瞬く間に地面の枯草に燃え移って、小さな焚火のようになった。

あたしはそこに、手紙を羊皮紙の便箋ごと放り投げる。
黒く炭なり、ちりじりなっていくのを眺めてから、「アグアメンティ」と唱えて火を消した。



「……乙女を怒らせるとこえーのな、」

「そういうコトです。理解出来ましたかー? シリウスくん?」

「…………。つーか、じゃあさ」

「うん?」

「ナマエは俺達と関わらなきゃ良かったって、思ってんのか?」

「え、なんで?」



びっくりした。
突然、シリウスがそんな事、言い出すから。



「そんな事、思ってるわけないじゃないですか! あたし、が言いたのは、最初からそういう展開とか周囲の空気を読んで、もっと自粛した行動を取ってれば、ってコトで!」

「だからそういう事だろ! 他の奴に恨まれねーように、俺達と関わらなきゃ良かったんだって、お前は後悔してんだろ? だから今朝の大広間でも、逃げるような態度だったんだ……!」

「……あー、……うー……ごめん、あたしの言い方が悪かったっていうか、……そうじゃなくて、……」



シリウスに睨まれて続きが出てこなくなる。
どう表現したら、伝わるんだろう。



「もう、いいよ」

「……え? シリウ、」

「もういいっていってんの。俺が近づかなければいいってだけの話なら、それで解決じゃん。ナマエはそうして欲しいんだろ?」

「ちがっ……、ちがうよ、そうじゃ、なく……」



ああ、駄目。
なんでもっと、ちゃんとした言葉が出てこないんだろ。


シリウスがさっと立ち上がる。


「……俺は相談とか、して欲しかったけど。避けるんじゃなくて」

「……!」



追いかけることすら出来なかった。
あたしは馬鹿みたいに突っ立って、シリウスの背中を見送った。



だって、もっともだ。
シリウスの言うことは、正しい。



あたしだったら、急に避けられるよりも、まずは相談してほしいって思うから。
それが友達だったなら、なおさら。



迷惑をかけてしまうんじゃないかと思って、知られないようにした。
ちょっとの間シリウス達と距離を置いてれば、それを羨む女子の怒りも落ち着いて、時間が解決してくれるんじゃないかなーとか。
物事を甘く考え、単純な答えを出してしまった結果がコレだ。

リーマスだって、あたしを心配して、シリウスに現状を教えたんだと思う。

それなのに、あたしは自分の事ばかりで、黙って彼らと距離を置こうとしてしまった。
しかも微妙に誤解されたまま……っぽいし。




「……あああああ……Bugger it!」


たぶんナマエちゃんの今日の運勢は、最低最悪。




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