翡翠色の邂逅


リリー・エバンズについて、私は多くの事を知らない。好きな食べ物だとか、趣味だとか、得意な教科だとか、そういった基本的な情報ですら知らなかった。だって特別親しい訳ではなかったし、友人ですらなかったから。ホグワーツに入学し、同じ寮、同じ学年、同じ時を過ごして魔法を学ぶことはあっても、共通の知人も居ないので会話する機会なんて数えるほどしかなかった。完全に、所属するコミュニティが違っていた。
そんな始まりの三年間とはうって変わって、四年生になる頃には彼女とは少しだけ、親しくなっていた。名前で呼び合うようになったし、ともに教科書を並べて勉強をすることもあった。

きっかけは些細な出来事だった。午前中の最後の授業、魔法薬学が終わり、教室を出ようとしていたら、確かスラグホーン先生に呼び止められ、頼み事をされたのだ。その場で声を掛けられたのは、私のみではなく、彼女もまた一緒だった。頼まれた事柄がなんだったのかは忘れてしまったが、二人で作業しながら会話を交わして、そこでようやくお互い波長が合うことに、気づいたのだと思う。そうしてその日、初めてリリー・エバンズと昼食を食べた。


彼女は実際に喋ってみても、第一印象のイメージが揺るがないありのままの人だった。笑い方に華があって、他人に優しく親切。虐められている子がいれば果敢に仲裁に入るような正義感もある。まさに物語のヒロインを絵に描いたような、女の子。
ある日、「リリーは綺麗ね」と言ったら、「あなたには負けるわ」と笑って返された。

例えそれがお世辞であっても社交辞令であっても、当たり障りなく自然に他人を持ち上げることが出来る人は、少なくとも、私のように誰かを心の中で蔑むなんてこと、しないのだろう。
自分と彼女の容姿を勝手に内心で比較して、それでもブスよりはマシだとか、そんな風に思っていた私とは大違い。性格の差が浮き彫りになる。
学年が上がるにつれて、私は貰うラブレターの数が日に日に増えていった。リリーも、他の男の子から声を掛けられることが多くなっていった。

「やあ、エバンズ。次のホグズミードは、僕と一緒にどうだい?」

「結構よ。丁重にお断りするわ」

そう言ってリリーに笑い掛けた彼も、またその一人。ジェームズ・ポッター。同じグリフィンドール寮生で、顔立ちはそれなりにハンサム。クィデッチの選手にも選ばれている。ことあるごとに珍事件や騒ぎを起こしている問題児だが、成績は最優秀で、何かと注目を集めては学校中の話題になる目立ちた、(ここで少々、咳払い)……人気者だ。

そんな彼に言い寄られるだんて羨ましい、とリリーと同室のネイシーが嘆いていたこともある。学年末テストでは毎回上位にいる二人なのだ、周囲から見てもお似合いだとあちこちで噂が立つのも時間の問題だった。
しかしリリーは、あからさまな好意を向けてくる彼をまるで気にも掛けていなかった。ポッターがデートに誘うも、リリーはばっさりとそれを切り捨てる、この図はもう週末が来るたびに恒例行事と化していたし、嫌悪感を隠しもせずに表情を歪める彼女の口から「あの眼鏡野郎、また私の友人を攻撃してたのよ」「ほんと忌々しいわ」そんな言葉が飛び出すのを何度も聞いた。
いくら断られようともアタックをし続けるポッターと、そっぽを向くリリーの間に割り入って、すかさずリリーに「次のホグズミードはゆっくりお茶しない?」と提案してみたりする。つい最近メニューが一新されたらしいわよ、そう笑いかけてみれば、緩やかな微笑みとともに二つ返事で彼女は了承してくれるのだ。

肩を落としたジェームズ・ポッターを尻目に、私は小さく息を吐く。


週末、私達は約束通りにホグズミードを訪れ、マダム・パディフィットの店でお茶をした。リリーはワッフルと紅茶のセットを、私はアップルパイとコーヒーをそれぞれ頼み、お喋りを交えながら楽しい時間を過ごした。
彼女の悩みの種である、妹のこと(良好な関係が築けていないらしい)を打ち明けてくれた日は嬉しかった。逆に、リリーの唇からジェームズ・ポッターの名前が紡がれた時は、胸がぎゅっと締め付けられた気分だった。
お茶やケーキは美味しかったけれど、その時だけは甘ったるい毒のように私を蝕んだ。


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