睡余のささめき


「...酔ってたの」

何か決定的な言葉を言われる前に先手を打った。予防線を張りたかった。傷つくことがないように。
ベッドの中で私が呟いた言葉を受け、宙に浮いた侯くんの手が行き場をなくしたようにゆっくりと引っ込められた。その手を見て今の言葉を否定するべきか、もう既に迷う。

先に目覚めたのは私で、この状況はすぐに理解出来た。
昨夜は酔っていたと言っても、何があったかわからない程泥酔していたわけではない。侯くんの優しい指先も、少し荒々しいキスも、熱に浮かされるような快感も、ちゃんと覚えている。

けれど、侯くんが起きたらなんて言葉を掛けようか、どんな顔をしたらいいのか、考える前に私の小さな身動ぎで侯くんの瞼が開いたから動揺してしまった。

“...汐里、”

私の名前を呼んだ侯くんの声に被せるようにして、目を逸らしたまま思わず言った。

“...酔ってたの”

侯くんの手は、どこに触れようとしていたのだろう。私に向けて伸ばされたのではないだろうか。私を、抱き締めようとした、...なんて、都合のいい妄想だろうか。

『...や、俺もやで...俺も、酔うてた...けど、』

無駄に何度も鼻を啜りながら言葉を続ける侯くんにちらりとだけ目を向けると、思いの外難しい顔をして目を泳がせている。

私があんな言葉を口にしなければ、侯くんは私を抱き締めてくれただろうか。けれど、もしそうではなかったら。
期待と不安が入り交じり、二人の間には不穏な空気が流れる。気まず過ぎる沈黙が続き、心臓がバクバクと激しく鼓動していた。

『...後悔、してんねや...?』

その言葉に思わず視線を上げて侯くんを見ると、探るような瞳で私を見つめていた。

後悔、しているのかどうかわからない。ずっとこうしたいと思っていた。愛されたかった。けれど、曖昧に体だけ重ねてしまった。

『...俺は、してへんけどな』

先に視線を逸らしたのは侯くんだった。泳いだ瞳は暫く彷徨い、また私に戻ってくると、ゆっくりと手が伸ばされた。
思わず強ばった体は侯くんの片腕に毛布ごと引き寄せられ、腕の中に抱かれた。

『後悔、してるん?』

もう一度問われ、触れた侯くんの胸から自分と同じくらい早い鼓動を感じてますます胸が高鳴る。
小さく首を横に振って見せれば、また鼻を啜り短く息を吐き出した侯くんが、毛布の中の素肌に手を滑らせ、ゆっくりと包み込むように抱き寄せた。
胸が熱くなると同時に顔が熱くなる。赤く染まっているであろう顔を隠すように侯くんの胸に顔を埋め目を閉じた。

『...なんやねん』

突然の不貞腐れたような呟きに、思わず顔を上げた。顎下からで侯くんの表情は見えないけれど、優しい腕とは対称的な不機嫌丸出しの声に動揺していた。

『なんであんなん言うねん』
「え、」
『いらんやん。酔うてたとか言う必要ある?』

思わず口を噤めば、侯くんの腕にますます力が籠った。

『...まぁ...ええけど...』

バツが悪そうにこちらを向いた侯くんの目がすぐに逸れ、何故か顔が赤く染っていくのを見ていた。すると不貞腐れたような顔で私に視線を寄越すと、照れ隠しの荒々しいキスで唇を塞がれた。


End.