そして、指を絡めた


『待ってて。俺買ってくる』

にっこりと笑顔を浮かべて何故か私を外に残したまま、章大がコンビニに一人で入っていった。

一週間前にみんなでご飯を食べたから会うのが久々というわけでもないのに、今日の章大はやたら饒舌でなーんか違和感。
今日はみんなで居る時みたいにあんまりお酒飲まないんだな、と思っていたら、

『この後俺んちで飲も』

...なんて珍しいことを言う。
章大の家は初めてではないけれど、家でふたりは初めてで。
何かされるとか思っているわけではないし、勿論自惚れているわけでもない。そもそもそういう間柄だとは思っていないけれど、やっぱり今日の章大の雰囲気がいつもと違うように感じていた。

ほら、今も。
店内の棚の脇から伺うようにちらりとこちらを見ている章大に気付く。
これで三度目。
多分私を見ている気がする。けど、いつもみたいに笑みを浮かべたり手を振ったりしてこない所をみると、見ているわけではないのか。
...それにしたって、ちょっと変。
溜息を吐いて店に背を向けた。

ていうか遅くない?寒いよ。ビールとツマミ買うだけでそんなかかる?私待たせてるのに?

顔だけ振り向いて店内を覗けば章大が丁度そこにいて、さっと棚から何かを取ってカゴに入れ、足早にレジに向かうのが見えた。
店内の窓際に並ぶ雑誌の上から店の中を覗いた。章大が今カゴに入れたであろう商品があった辺りを見て、一瞬思考が停止した。

大きな袋を下げてドアに向かう章大に視線を移すと、私の視線に気付きヒラヒラと手を振りながら自動ドアから出てきた。

『ごめんー迷ってもうて。寒かったやんなぁ』

笑みを浮かべながら冷たくなった私の手に触れて、もう一度『ごめんな』と言った章大は何だか更に上機嫌で、思わず苦笑いが漏れる。

『さ、行こか』
「...何買ったの?」
『ビールとツマミ』

私を見たまま笑顔を崩さずほわんとした口調で言った章大から視線を下げて袋の中をちらりと見た。やっぱり。

「と?」
『アイス?』
「と?」

私を見たまま一瞬章大の笑みが消えた。すぐにもう一度口角を上げた章大はさっきよりも若干不自然な笑みを浮かべているように見える。

「...アイスと?」
『...まぁ、いろいろ、』

章大の視線が泳ぎ、一旦視線が落ちてちらりと私を見ると、口を開くも言葉は出てこなくて、また不自然に唇が弧を描く。

「...いろいろって何」
『...何って、何...?』

質問返しをして困ったように笑う章大に鋭い視線を向ければ、あからさまに落ち着きなく鼻に触れる。

「ねぇ、他は?」
『...言うん、?』

上目遣いのような角度で私を見る章大は、私が頷いたのを見て首を傾け下手くそな笑みを浮かべる。

『...コンドーム...?』

...そうだよね。そのキラキラした箱、袋の下の方に隠してあっても怪しいよ。
なんで?どういうこと?なんで今?

「なんで?」
『え、』
「なんで今買うの?」

持っていた袋を今更隠すように体の後ろ側に移動させ、今度は首を反対側に傾げて唇を歪め章大が笑う。

『...家にあったかなー?...思て、』
「................。」
『...や、ちゃうやん、』
「...何が違うの」

突っ込みすぎて可哀想かな、とかちょっと思った。
...けど、こんな事されたら居づらいじゃない。今から家にふたりきりなのに。友達だと思ってたのに。
...昔は違ったけど。私からの一方通行。もう気持ちは随分前に封印したのに、今になってこんなの、普通に戸惑う。

『...だって、』

言い掛けて口を噤んだ章大を見ると拗ねたように唇を尖らせて俯き、そこから視線だけを上げて私を見遣る。

『だって、...もしええ感じなったら...ないと困るやん、』

...ちょっとだけ嬉しいと思ってしまった気がしたのは気付かないフリ。
流される程若くはない。まだほぼ素面だし、余計に。

「ならないでしょ、」
『...あは、そうやんな、』
「...そういうつもりなんだったら、」
『...帰る...?』

私の声に被るように言った章大のあまりにも寂しそうな声と悲しい目にドキリとした。
その章大の様子に動揺して思わず目を逸らして俯けば、章大がまた伺うように私に言う。

『...帰ってまうの...?』

視線を上げると追い討ちをかけるようにシュンとして私を見る章大。
なんなの、もう。そんな顔するなんて狡い。
私を好きかどうかなんてわからない。だって確信なんて何も無い。

...でも、流されちゃってもいいかな。
...騙されてみちゃっても、いいかな。

あまりにあっさりとその答えに辿り着いてしまったのは悔しい。けれど、今なら不思議と悪くないかもと思える。

「......行く」

照れ隠しに呆れたように言ってみれば、安堵したように優しい笑みを浮かべていつもの章大に戻る。
騙されてるとしたって、この笑顔には弱い。

『...ん、行こ』

私に笑みを向け歩き出した章大の後に続きゆっくりと歩き出す。顔に熱が集まり始めて、見られてもいないのに片手で頬から口元を覆い隠した。
前を歩く章大の背中を密かに見つめれば、前を向いたままの章大の手が後ろに伸ばされ私の前で止まる。
...この手を取ってしまえば、きっと。
期待と躊躇いと葛藤しながらその手を見つめていた。


End.