柔肌に牙


『俺な、吸血鬼やねん』

鋭い視線で私を見下ろし、やたらと真剣な面持ちでベッドに私の肩を押さえ付けすばるが言った。けれどその目はすぐに泳いで、すばるの下にいる私にまた視線が戻って来ると、何も答えない私を見て、首筋に顔を埋め遠慮がちにペロリと舐め上げる。そこに軽く歯を立てられてぞくりと肌が粟立った。

『...シていい?』
「よくない」
『...んやねん、』

溜息と共にまたすばるの顔が首筋に埋まる。私の上で項垂れたまま吐き出された熱い吐息がじわりと肌を刺激し、また肌が粟立つ。

...もう。早く退いてくれないかな。心臓の音、伝わっちゃいそう。

『...血ぃ吸わんと死にそう』
「...いつまで言うのそれ」

ガバッと顔を上げたすばるが私の上から起き上がり、ベッドから降りて行ったから私もベッドから体を起こした。

...よかった。緊張しちゃった。

そのまま徐ろにベッド脇のカーテンを開いて空を見上げ、窓の外を指差し、訴えるような目を私に向けた。ベッドを降りてすばるが指さす先を見上げると、満月に近い月が浮かんでいる。

『ほら、』
「うん?」
『だから血が欲しいねん』
「...それ狼男とかと間違ってない?」
『..............。』

私をじとりとした目で睨んだすばるは、不貞腐れたように唇が尖っている。

『あ』
「...なに」
『なんで起きてきてんねん』

思い出したようにベッドに突き飛ばされ、弾んだ体をまたすばるが押さえ付けて跨ぐ。私の顔の脇に両手をついて見下ろすすばるを見てから、大袈裟に呆れたように見せるために大きな溜息を吐くと共に顔を逸らした。

...ホントもう勘弁してください。
こんなの絶対まずい。このまま流されたら、友達には戻れなくなっちゃう。
さっき無理矢理押しのけたらますます勢いを増したし、どうすればやめてくれるかな。無理矢理するつもりはないらしいけれど、このままじゃ、私が流されてしまいそう。

逸らした横顔をすばるが見ている。だから妙に焦ってしまう。
すると、いきなり顔を近付けてきたすばるが首筋に再び歯を立てた。思わずビクリと体が揺れて、押さえたすばるの肩を掴んでいた。

『...なぁ』
「...何、」
『...ええやろ?』
「...だから、」

私の返答を聞く前にまた首筋に唇が触れ食むように繰り返すから、零れた吐息が震えてしまった。

「よくないってば、」

顔を上げたすばるが横に向いた私の顔を覗き込んだ。

『...手』
「え、」
『痛い、爪』

首筋の刺激に耐えるために思わずすばるの肩に爪を食い込ませていたことに気付き、やんわりと手を離す。けれど、...ちょっと恥ずかしい。

『めっちゃ感じてるやん...』

ほら、言われると思った。でもそれが私に向かって言ったのではなく、目を逸らして独り言を呟くようにぼそりと言ったから更に恥ずかしくなる。

盛大な溜息を吐きながら項垂れるすばるがまた首筋に倒れ込んできて、甘えるように背中の下に腕を入れ抱き締めたりするから、鼓動が早くなり体も顔もカッと熱くなる。
首筋に唇が触れたまますばるの唇が動いて、駄々っ子のような篭った声が聞こえてきた。

『...なんであかんの?』
「...そういう雰囲気じゃなかったでしょ、私達...」

その言葉で顔を上げたすばるが、私の顔の両脇に肘を付いたまま無言で見下ろす。

『そういう雰囲気にしたらええねん』

すばるの目が宿す色が、急に艶を帯びてドキリとした。右手が私の髪に指を通し、くしゃりと掴まれて胸が高鳴る。
傾いて近付けられた顔が至近距離でピタリと止まり、すばるが私を見つめた。

拒むことなんて出来なかった。すばるの目から視線が逸らせず、自分の鼓動の音だけが響く狭い世界で、体が固まったように動けなかった。

ゆっくりと触れたすばるの唇は、私の唇を愛撫するように啄み、何度も柔らかく合わせられる。髪を乱すように撫でられ目を閉じると、すばるの熱に溺れていくみたいにふわふわとした眩暈のような感覚に陥った。

唇が離れて行ってゆっくりと瞼を上げると、すばるの舌が僅かに覗いて自分の濡れた唇を舐める。それが私の目にやたらと挑発的に映った。

あっという間に呑み込まれてしまったのが恥ずかしい。いとも簡単に流されて女になってしまったのが悔しい。

「.....セックスするためだけに来たわけ?」

どうしても悔しくて、確かめておきたかった。今ならまだ、戻れるかもしれない。

『んなわけないやろ』

低いトーンの声は、僅か数分前までのふざけた態度を微塵も感じさせない。

「...じゃあ、何しに来たの、」
『落としに来たに決まってるやろ』

恥ずかし気もなく、表情ひとつ変えずに言い放ったすばるの手が髪を撫でる。

「...なら、いいよ」

私の心に入り込んでくるような、真っ直ぐで熱を帯びた瞳を見つめた。
またゆっくりと重ねられた唇に溶かされてしまいそうな程、荒々しく丁寧に愛撫され、すばるの背中に縋り付く。
首筋に滑った唇がキスを落とし舌が這うと、チクリとした痛みと共に首筋に所有の証が刻まれた。


End.