一粒の愛の色


素肌に触れる忠義の体温を知った日、あまりにも現実味がなさすぎて、何度も忠義を見上げた。
私を見下ろす忠義の髪の先からポタリと私の頬に汗が垂れて伝い、それを忠義の指が拭った。

揺さぶられる度に、夢の中のような浮遊感で目を閉じる。薄暗い部屋に漏れる吐息に混じった声も、何だか自分のものではないみたいだった。
小さく声を漏らした忠義が髪を撫でていた手でくしゃりと髪を握る。引き攣れるようなその感覚さえも、信じられなかった。

快楽に歪む忠義の顔を見つめるけれど、その背中に腕を回すことは出来なかった。目が覚めて夢から醒めてしまいそうで、出来なかった。

ぐっと奥に押し付けられて声が漏れると、荒い呼吸を零す唇をキスで塞がれる。長く続く深く絡むキスで更に頭の中がふわりと揺れた。
体の奥からじわりと侵食するように快楽が押し寄せ、離れた唇から短く声を漏らす。忠義の手に固く手を握られながら、絶頂の波に飲まれた。



雨の音に混じって、ふぁ、と小さく声を零しながら呑気に欠伸をした忠義を盗み見て俯いた。昼に近い時間帯でも、深夜まで起きていたことと生憎の薄暗い空のせいでまだ眠たそう。
もう一度ちらりと視線を上げて忠義を見ると、涙の溜まった目で私を見ていたからドキリとする。

『...なに?』
「...なにって、なに...」
『見てるから』

言いながら再び大きな欠伸をした忠義から視線を逸らす。

『コーヒーもう一杯ある?』
「ん」

立ち上がって忠義の前のマグカップに手を伸ばすと、その手を掴まれてビクリと体が揺れた。それを見て忠義が含み笑いして手を離す。

『ビビり過ぎちゃう?』

からかわれた様でカッと耳が熱くなり、睨むように視線を向けてマグカップを掴んだ。キッチンへ歩く後姿に視線が注がれているようで落ち着かず、忠義の方は見られなかった。

ドサリと音がしてちらりとだけ目を向けると、ソファーに倒れ込んだ忠義の目が、やっぱり私に向けられていたからコーヒーを注ぐマグカップに視線を戻した。

忠義が私の家に居て、私のソファーに座っていて、私の淹れたコーヒーを飲む。それがとても現実味がなくて、始終心臓が煩い。

戻ってテーブルにコーヒーを置けば忠義が起き上がった。それにすらドキリとして少し離れたフローリングに腰を下ろすと、忠義はコーヒーを音を立てて啜る。

まるで昨日の出来事が嘘みたいに。
何も無かったみたいにいつも通りで、私だけがこんなにソワソワしているのかと思うと、それさえも恥ずかしくなる。

『...なぁ、』

俯いたままぴくりと体が揺れて、それを誤魔化すようにマグカップを両手で包み、なに、と短かく返事を返す。

『...なぁって』

返事をしたのに、二人だけのこの空間で返事が聞こえていないはずがないのに。

「...だから、何、」

言いながらカップをテーブルに置いて膝を抱えると、忠義が小さく溜息を吐く。ちらりと目を向ければ、何だか不貞腐れたようにソファーに凭れ掛かって口元を歪ませていた。

『全然こっち見てくれへん』

予想外の呟きにドキリとした。
自覚はあった。だってしょうがないじゃない。なんか照れ臭いんだから。

「...そんな事ないよ」

忠義に視線を向けながら言えば、私に向けられる流し目。

『こっち来てよ』

まだ不機嫌さを残しつつ隣にあったクッションを抱き、ソファーに私のためのスペースを空ける。
それを見てゆっくりと腰を上げソファーに移動して隣に座ったけれど、忠義は無言で私の横顔を見ていた。横に目を向けて忠義を見れば、さっきと差程変わらない細められた不機嫌な目で私を見ている。
そんな目であっても、今は目を合わせるのが照れ臭かった。

セックスなんて今までに何度も経験してきたし、こういう風に男の人と朝を迎えたことだって何度もあったはずなのに。
忠義だから、照れ臭かった。ずっと友達だったから。ずっと、好きだったから。

『...あのさ』

居心地が悪くてテーブルの上の飲み掛けのコーヒーに視線を落とすと、突然腕を掴まれビクリと体が揺れた。

『俺らって、付き合うてるよなぁ?』

その問いに驚いて忠義を見遣れば、そうやんなぁ?と首を傾けて私を見るから、小さく頷いた。

『付き合お、って言うた。3日前。そんで汐里、うんって言うた。...よな?』

あの日、顔を真っ赤にした私を笑った忠義を思い返して、また顔に熱が集まる。

『...なのになんでそんな感じなん?何?この距離』

忠義と私の間に空いたスペースを叩いてから、忠義の腕が私の腰に回って引き寄せ、距離が縮まる。
腰を抱かれたまま、まだ慣れない忠義の体温に心臓は激しく煩くなる。

『今日起きたらさ、もっと甘い雰囲気になってるはずやってんけど』

くるりとこちらを向いた忠義の視線が私の横顔に突き刺さる。すると忠義が耳元に唇を寄せた。

『聞こえてます?』

吐息のせいだけではなく、耳がカッと熱くなる。聞こえてる、と呟くように言えば忠義の額が私の首筋に押し付けられた。

『...俺が付き合おって言うたから?』
「え?」
『だから別に大して好きでもないけど、うん言うたん?』

...そんなわけないじゃない。きっと、ずっと前から好きだったのは、私の方なんだから。

「...違うよ、」
『嬉しかった。それでも』

腰にあった腕は背中に回り、両手で横から抱き締められ、額を擦り寄せますます距離が縮まる。
今ならこの早い鼓動が伝わればいいと思った。

「...だから、違うってば、」

好き、のたった一言が、3日前も今も出て来なかった。だからこの鼓動が、忠義に伝わってしまえばいい。

ゆっくりと顔を上げた忠義が私の顔を見てふっと息を零して笑った。うん、と言ってから唇を寄せ、吐息が掛かる距離で忠義が言った。

『知ってる』

弧を描いた忠義の唇が押し付けられて髪を撫でながら抱き寄せられる。

私の気持ちなんて、とっくに伝わっていた。きっとずっと前から、忠義は私の気持ちに気付いていた。
さっきからかわれたことに、悔しさはもうなかった。 “嬉しかった”という言葉は、本心のような気がしたから。

啄むように繰り返されるキスの途中で私を見つめた忠義の瞳が優しくて、胸が苦しくなる程幸せで、初めて忠義の背中に腕を回した。それを幸せそうに笑った忠義の唇がまた私にキスを落として、隙間もなくなる程きつく私を抱き寄せた。


End.