夕焼け色の雫


夕方の肌寒い砂浜で膝を抱えた。
少し離れて隣に座る信ちゃんをちらりと盗み見ると、顔をオレンジ色に染めて夕日を睨むように見つめていた。
それを見てまたじわりと滲んだ涙。
小さく鼻を啜ると、信ちゃんが呆れたように溜息を吐いた。

『...どんなけ涙出んねん』
「..............。」
『カラッカラなるで』
「...うるさい」

その言葉にまた溜息を吐き出して、胡座をかいた足元の砂を弄る。
信ちゃんは今、何を思っているんだろう。険しい顔で、どんな事を考えているんだろう。

『...寒ないか』
「......寒い」
『ほんなら帰ろや』
「......やだ」

ちらりと私の方を見た信ちゃんと視線を絡ませるのを躊躇い、目が合う前に先に俯いた。

きっと夕日より赤い瞼。それを見られるのは堪らなく恥ずかしかった。涙を見せるのは初めてではないけれど、信ちゃんに今まで見せてきた涙とは種類が違うのだから。

さっきのことを思い出す度に苦しくなって涙が滲む。パーカーの袖で何度も涙を拭っても、考える度鼓動が早くなって溢れてしまう。

『...けど、アレやろ。正解やったやん』

信ちゃんの言葉にまた胸が掴まれたように苦しくなる。

『あんな奴、やめといて正解やって』

私を思ったその言葉は痛い程胸に染み込み、また涙が零れる。
この涙はどんな想いの涙なんだろう。
嬉しいのか、安堵なのか。

『...あんな奴のために泣いたら勿体ないやろ』

...違うよ、信ちゃん。
ただ一つ言える事は、この涙は浮気性の彼と別れた悲しみの涙ではないということ。

多分、両方。
嬉しいし、安堵していた。

「...違う、」
『...なんや』

低いトーンで信ちゃんが怪訝そうに言った。やっぱり信ちゃんの顔は見られなくて、早くなった鼓動に気付かれないように俯いたまま一つ深呼吸をする。

「...信ちゃんのせいでしょ、」
『俺のせいでフラれた言うんか』

ムッとしたようにすぐに言葉を返してきた信ちゃんにもう一度、違う、と返すと、信ちゃんはまたさっきよりも低くなった夕日を睨み付ける。

「...信ちゃんが、あんな事言うからじゃない、」

声が震えた。意を決して信ちゃんを見たけれど、今度は信ちゃんが私を見なかった。

信ちゃんは、
お前が傷付けたんやろ、と彼を殴った。
お前に何が分かる、と言った彼に、
お前よりこいつの事よう見とるわ、と言った。

そして、
大事にする気ぃないなら俺が貰たるわ、
と言った。


バツが悪そうに顔を顰め頭を掻いた信ちゃんは、項垂れてぼそりと呟いた。

『...手ぇ上げたんは悪かったわ』

責めてるわけじゃないのに。
信ちゃんの中にそんな想いがあったことを知って、戸惑って、でも嬉しくて、どうしようもなく愛しくて零れた涙なのに。
ずっと私に寄り添ってくれた信ちゃんに、いつの間にか心は傾いていたのだから。

「...あの人より最低なのは、きっと私だよ」

震える声を発した震える唇を噛むと、信ちゃんが私に視線を合わせる。今度は絡んだ視線を外すことなく口を開こうとしたけれど、零れた涙と共に思わず俯いた。

「...嬉しかった」

黙ったままただ私の横顔を見ている信ちゃんに、少し緊張していた。
あの人のために、ではなく、信ちゃんのために流す涙を見られるのは初めてだから。

「...信ちゃんと居たい、」

涙声の告白は情けない程に弱くて、すぐに波の音に掻き消された。
怖かった。気持ちは同じだとわかってはいても、私の狡さを知って、信ちゃんはどう思うだろう。

一番に聞こえてきたのは、今日何度目かわからない溜息だった。

『...せやから俺が貰たる言うてるやろ』

照れ隠しのような素っ気ない口調。
それでもひどく安堵していた。

『俺はお前一人で手ぇいっぱいやで』

私への気遣いも忘れない不器用な愛の言葉は、胸に染み込んで想いも涙も溢れさせた。

終わった恋の余韻などない狡い私の傍に、信ちゃんはただ黙ったまま居てくれた。
溢れる涙を拭いながら唇を噛む私を、それをただ待つ信ちゃんを、沈む夕日だけが見守っていた。


End.