レゾンデートル


『まぁええんちゃう?ヨコは難しい奴やけどな』

信ちゃんに最初に自分の気持ちを打ち明けた時にそう言われた。
信ちゃんの言ってる意味はよくわからなかった。けれど、ふたりで居るようになってからその意味を知ることになる。




「...酔ってる?」
『おん、酔うてる』

嘘。大して酔ってないくせに。
抱き締められた彼の体からは少しだけアルコールの匂いがするけれど、自分で酔ってないと言う時よりも確実に酔ってはいない。
けれど侯くんは素面で玄関のドアが閉まる前に私を抱き締めるような、そんな人ではない。

彼を受け止めながら彼の後ろの玄関のドアの鍵を閉めて背中に腕を回した。ポンポンと背中を叩けば、侯くんは私の首筋に大きく溜息を漏らす。

「...なんかあった?」

その問いに応えは返って来ないけれど、私を抱き締める腕が少しだけ強くなったと同時に首をふるふると振ったから、きっと何かあったに違いない。
けれど言わないということは話したくないのだろうから、それ以上何も聞かずにただ彼の背中を抱き締めていた。

暫くすると、顔を上げた侯くんに荒々しく唇を塞がれ壁に押し付けられた。焦ったように靴を脱ぎながら舌を絡め、侯くんの少し冷たい指はTシャツを捲り素肌を這う。

離れた唇から私よりも荒い呼吸が漏れ、いつもよりも冷たい色をした瞳が私を映す。苛立ちなのか悲しみなのか、その感情が何なのか私にはわからない。
けれどこれが侯くんのサインなのだと、付き合っていくうちに確信した。

受け入れるみたいに侯くんの首に腕を回せば、また噛み付くように口付けられて侯くんの指が下着をずらした。



耐えても声が漏れる程に溶かされた頃、玄関に散らばる服をそのままに抱き上げられ、ベッドに下ろされた。

私の体を跨いでシャツを脱いだ侯くんが、荒くなった呼吸が漏れる唇を塞ぐ。髪をくしゃりと掴み唇を押し当て、深く舌を絡め私の中へゆっくりと埋めながら侯くんが息を詰める。

ゆっくりと始まった律動に目を閉じると、腰を掴んで一気に奥まで押し付けられ侯くんの手を掴む。息を吐き出し律動を早めた侯くんは、耐えるように唇を噛み、時折熱い吐息を吐き出しながら私の体を見つめていた。

侯くんは決して私に弱音を吐かない。
だからその弱さを、体で受け止める。

今日の行動はわかりやすいけれど、いつもは微妙な表情の変化だけで私に愚痴を吐くこともない。

初めは信頼されていないのだと思った。けれど、それは違うのだと最近やっとわかるようになった。

難しい奴。
...そうじゃない。
気付いてしまえば侯くんは単純だった。
言葉にしないだけで、ちゃんといつも私にサインを出していた。

酷く扱われたことなんて今まで一度もなかった。
キスが荒々しくたって、強く体をぶつけたって、いつも私に触れる手は優しくて、私に酷くしたりはしないのだから。


律動が止み目を開けると、指を絡めてぐっと手を引かれ侯くんの膝に乗せられる。背中に腕を回すと、催促するように下から腰を揺らす侯くんの手が髪を撫で、唇が私の唇を啄む。
さっきよりも優しくなった手と唇。
視線を絡ませれば、随分と穏やかな色に戻った目が私を見つめていた。

ぐっと腰を押し付けられ思わず声が漏れると、やたらと照れくさそうにその目が逸らされた。
安堵と愛おしさが募り侯くんの頭を抱き締めると、甘えるように私の胸に顔が埋められた。



『シャワーは?』
「うん、行く」

ベッドにふたりで転がって天井を見上げたままボソリと聞かれ、ボソリと返事を返す。気怠さが残る体も頭もふわふわとしていて、目を閉じればすぐにでも眠りに落ちてしまいそうだった。

ベッドが少し沈んで、落ちかけた意識が戻り、ハッとして侯くんに視線を向ける。体をこちらに向けた侯くんが、視線が絡むとすぐに横から私を抱き寄せた。首筋に鼻先を埋め、ゆったりとした呼吸を繰り返している。

片方の手が私の体に触れ、ゆっくりと腰を這う。まるで労わるように温かい手で撫でられ、自分の体の冷たさに気付く。

『...大丈夫?』
「...何が」
『体』
「冷たいね」
『...いや、』

何か言いかけてから侯くんの手が離れて行って足元の布団を引っ張り上げた。首元まで布団を引っ張り、布団の中でまた温かい手が腰を撫でる。

『...痛いとかさ』
「え?」
『体』
「...あ、大丈夫」

うん、だか、ふん、だか分からないような小さな声で返事をして、侯くんの顔がまた首筋に埋まった。
不器用な優しさは、いつも私を温かい気持ちにしてくれる。こんな優しさを知ってしまったら、幾らでも受け止めようと思う。

『...明日でええか...シャワー...』

眠りに落ちる寸前のような途切れ途切れの低い声に短い返事を返す。
おやすみの代わりに首筋に触れた唇が、今日もふたりの心を満たして幸せな眠りに就いた。


End.