early afternoon


窓から射し込む陽射しを浴びてラグに転がっている亮ちゃんをちらりと見遣る。亮ちゃんは私の家でこれだけリラックスしているというのに、私の方は落ち着かない。

さっきまでついていたテレビは、画面に亮ちゃんが映った瞬間に消された。
窓際のフローリングに置かれていた飲みかけの缶ビールを取って陽の当たらないテーブルに置き、亮ちゃんに「温くなるよ」と言ったっきりただ静かな時間が流れている。
ここからでは彼の背中しか見えないけれど、さっきから時折体勢を変えているから寝てはいないはず。

暇やねん。急に予定空いて。

急に家に来てこんな事を言われて動揺する。あの人にもあの人にも断られて仕方なく私のところに来たのかもしれないけれど、暇な時間を潰す手段の選択肢に私がいたことが嬉しくて堪らない。理由なんてどうだっていい。今ここに来てくれているのだから、それだけで嬉しい。
初めて見たこんな無防備な亮ちゃんの姿は、私の心を掴んで離さない。
ずっと見ていたい。切り取って写真にして飾っておきたいくらい、幸せな画。

けど、初めてのふたりきりは少し緊張してしまう。少し、じゃない。そこそこ緊張している。無音の空間は、心臓の音までも伝わってしまいそうだから。

「...起きてる?」

耐え切れずに小さく声を掛けてみるけれど亮ちゃんの体は動かない。

『...んー』

動かないけれど、返事は返ってきた。もしかすると、ウトウトしていたのかもしれない。
「折角来てるんだから寝ないでよ」も「緊張するから寝てていいのに」もどっちも共存する心は、複雑だけれど幸せな悩みなのかもしれないと亮ちゃんの背中を見ながら考えてみる。

『...何?』

暫く間が空いてから聞き返す声にドキリとしてその背中から目を逸らした。

「...つまんないでしょ...どっか行く...?」

咄嗟に思い浮かんだ質問を投げ掛けて見ると、亮ちゃんがふっと息を零して笑う。

『無理。車で来てんねん。ビール飲んでもうたし。つまらんことないし』

言いながら欠伸をして、寝転がったままこちら振り返った亮ちゃんが、口元に笑みを作って私を見遣る。柔らかい陽射しに包まれながら黙って私を見るその目に、更に緊張させられて何だか居心地が悪い。

『昼から飲むて贅沢やな』
「...うん」

やっと会話が再開されてほっとする。そして亮ちゃんの言葉で思い出したように手にしていた缶ビールに口を付け、少し温くなったビールを喉に流し込んだ。

飲み干し空になった缶をテーブルに置き、ちらりと亮ちゃんに目を遣れば、自分の腕に顎を乗せて私を見ているからまたソワソワしてしまう。

『今から何する?』

口角の上がった口元、上目遣いで私を見つめる目。そのセリフをプラスすると、誘われているように錯覚してしまう。
思わず亮ちゃんから目を逸らして俯いた。

「...DVD、でも見る...?」
『そういう気分ちゃうなぁ』
「...じゃあ何、」
『...なんやろな』

私から逸らされない視線にはどんな意味が込められているんだろう。自惚れる程の証拠なんて何も無いけれど、からかわれているだけだとは思いたくなかった。

『なぁ』
「...何、」
『汐里』
「...だから、何、」

仕方なく視線を合わせれば、やっぱり真っ直ぐに私を見ているから居心地が悪い。心を覗き込むような目を見ていられなくて、やっぱり視線を逸らした。

『なんでそんな離れたとこ居るん』
「...別に」

だって、ふたりきりの部屋でどんな距離感を保てばいいのかなんてわからない。こんな静かな空間で傍にいるなんて、ますます緊張するじゃない。

『こっち来てよ』

自分の隣をポンポンと叩いて言った亮ちゃんを見てドキリとした。わかった、と言って隣に座る勇気もなかった。きっと私は、期待してしまう。...本当は、もうとっくにしてる。

「...なんで、」
『別にお前に何もせぇへんし』
「......そんな事思ってない」

自分で言うのにはあまりにも虚しい言葉だった。認めたばかりの期待を否定することになったのだから。
そうだ、最初から期待なんてしたらいけなかったんだ。 わかってたはずだったのに、がっかりするなんて本当しょうもない。

『汐里、ビール取って』

最初からその為だけに私を呼んだんだとしたら、本当に恥ずかしい。からかっているのか、本当に何の気なしなのかわからないけれど。結局、責めたって仕方ない。意識し過ぎた自分が悪いのだ。

テーブルの上の温くなった缶ビールを取って亮ちゃんに差し出せば、私を見上げた亮ちゃんが手を伸ばす。

「...ちょっ、」

亮ちゃんが掴んだのは缶ビールではなく、私の手首だった。

『捕まえた』

ぐっと引かれ反対の手でビールを奪われると、私を見つめたままその缶は向こうの窓際に置かれた。

「...ちょっと、...離して、」

脈の速さが伝わってしまいそうで動揺して手を引くけれど、亮ちゃんの手は離れない。上目遣いで私をじっと見つめながら笑みを浮かべる。

『その前に、さっき聞くの忘れてんけどさ、』

泣き出してしまいそうな程に緊張していた。掴まれた手を引く以外、体が強ばって上手く動かない。まるで亮ちゃんの目に動きを止められたみたいに、体が固まっていた。
期待を否定したばかりなのに、胸が高鳴る。

『手ぇ出してええなら出すけど、どうなん』

冗談、なんて言葉が出てくるんじゃないかと疑ってしまう。本心を探るように亮ちゃんを見つめるけれど、その心は読めるはずもなく口を開くことが出来ない。

すりと、亮ちゃんの手の力が徐々に緩んで手が離れた。

『嫌やったらやめる。嫌なら今のうちに逃げてや』

私を見上げるその目は、悔しいけれどきっと私が拒むなんて思っていない。黙ったままの私を、同意を求めるような目で見つめながら、ゆっくりとまた手首を握る。亮ちゃんが体を起こして少し近付いた距離に、心臓がバクバクと脈打つ。伺うように少しずつ距離を詰め、鼻同士が触れた。思わず目を伏せると、ふっと息を零して笑った亮ちゃんの顔が傾けられ、唇が甘く柔らかく触れた。


End.