缶ビールロマンス


『めっちゃ浮かれてるやん』

ドアを開けたら私を見た章大の第一声がそれだった。
インターホンに映る章大の姿を見て、突然過ぎて、あまりに動揺して開けたばかりの缶ビールを片手に持ったまま玄関に向かった。足元がおぼつかないのは、酔っているせいだろうか、緊張のせいだろうか。
でかい飾り付きのゴムで頭のてっぺんに作っただんごも、玄関に向かう途中に手に少し零れたビールも、“浮かれてる”と言われる一つの要因なのかもしれない。

「...そう、かな?」
『めっちゃ酔うてるやろ』

確かに酔っていると思ってた。...さっきまでは。今はよくわからない。章大が来たことで、少し頭がクリアになった気もする。
曖昧に首を傾げて見せると章大の目が私を上から下まで往復して見てから、ふっと笑った。

おろしたての女の子らしい部屋着だけが唯一の救い。口を付けたままの缶ビールで口元を隠しているのは、完全に照れ隠し。

『あ、これ』
「何?」
『泡盛』

ずっしりと重いその袋を受け取ると、前に会った時にしていた沖縄の話を思い出す。私が興味を示したそれを覚えていてくれたことが嬉しい。

「いいの?」
『飲みたい言うてたから』
「嬉しい!ありがとう!今から飲む!」
『おん、飲んでくださいー』

会釈するように私に頭を下げた章大が一歩後ろに下がったから思わず「待って」と呼び止めた。
帰っちゃう、と思ったら思わず口に出てしまったけれど...呼び止めてどうするつもりだったんだろう。今部屋は綺麗と言い切れる自信はないし、空けた缶ビールも転がったままだと言うのに。

「...せっかくだから...一緒飲もうよ」

勢いで誘えばよかったのに、尻窄みになってしまったから少し動揺する。キョトンとして私を見た章大はすぐに口元に笑みを浮かべた。

『車で来てんねん。飲んだら帰られへんくなるもん』
「泊まればいいじゃん」

今度は間髪入れずに言った。けれど思いの外大胆な返しをしてしまったことに更に動揺する。
...大丈夫、やっぱり私、酔ってる。だからこんな言葉が咄嗟に出てきたんだから。

『なーに言うとんねん』
「...別に私に手ぇ出さないでしょ?」

気持ちを隠すために予防線を張る。
顔を背けて笑う章大の反応を見て、少し安心した。引かれていたら困るのだ。ただの酔っ払いとして見てくれていたら、そっちの方が都合がいい。

『どうやろなぁ』

今度は私の顔を見てそんな言い方をするから、ドキリとしてしまった。
酔っていると思ってからかっているのかもしれない。それにしたって今の言葉は狡い。
...顔が赤くないだろうか。酔っている、で騙せるだろうか。

「...出してもいいけど」

章大が俯いて笑っている隙に、顔を見ないで言った。冗談に聞こえるように。出来るだけ明るく、いつも通りのトーンを保って。心臓は有り得ないくらい早いビートを刻んでいるけれど。

『...へー』

俯いた体勢から少し頭を上げて私に視線を寄越すと、章大がそれっきり黙ったから心臓の音が聞こえてしまいそう。
内心焦る私を余所に、章大が意地悪な笑みを浮かべて私に言った。

『誰にでもそんなん言うてるん?』

...そんなわけないじゃない。どれだけ勇気振り絞ったと思ってるの。
...なんて言えるわけないんだから、もう引き下がるしかない。嫌われたいわけじゃないんだから。後悔したってもう遅いけれど。

「...冗談だよ、いいよ...また今度来」

目を逸らしてビールで口元を隠しながら言えば、言い切る前に手からビールを抜き取られて言葉を失う。
奪われた缶ビールを傾けてゴクゴクと喉を鳴らす度に動く喉仏を、ただ呆然と見ていた。
章大が靴箱の上に置いたビールの缶は、空っぽの金属音がした。

『汐里』
「…うん、」
『帰られへんくなってんけど』

相変わらず笑みを崩さない章大は、呆然とする私をただ真っ直ぐに見つめた。

『泊めて』

私を見るその瞳は感情の読めない色をしている。その奥に、ほんの少し、色気にも似た光が宿っているような気がして、ゴクリと唾を飲み込んだ。


End.