23時の心拍数
『...ごめんな?』
「................。」
『...汐里ー?』
「................。」
『なぁ、ごめんてぇー』
ソファーの向こう側の忠義の顔が見れずに、立てた膝に顎を乗せて自分の足元を見つめていた。
『冗談やんかぁ。なぁ、ちょっとぉ』
無視、というよりは、何と言っていいかわからなくて黙っている。だって気まずい。
冗談だとしても
『汐里なら抱けそう』
なんて。二人きりなのに、そんな事言って肩を抱いたりするなんて。
しかも冗談なんて、許さない。私の気も知らないで。
こっち来ないで!と忠義を押し退けて離れソファーの陰に隠れたら、忠義が苦笑いを浮かべて私を覗く。
酔って適当なこと言って、簡単にそんな事しないで。胸の奥に想いを閉じ込めて、ずっとずっと大切にしてきたのに、簡単に関係を壊したりしないで。
一瞬の出来事で頭が混乱してキャパオーバー。困らせたいわけじゃない。どんな顔をしていいかわからない。適当に、何でもないフリをしてあしらうことが出来なかった私が悪い。こんな不自然な拒み方をして、もう言い訳なんて出来ない。
忠義が呆れたように溜息を吐いたから思わずちらりと目を向けた。けれど、ソファーの向こうで私と同じように膝を抱えてこっちを見ている忠義は、思いの外優しい顔で笑っていたから少し安堵する。
『...ごめんな?』
目が合えば忠義が首を傾けて優しい声色で言った。そんな謝り方をされると、何だか自分が拗ねているみたいで少し恥ずかしい。
『こっちおいで』
そんな言い方狡い。さっき肩を抱いた時の妙な色気はどこかへ行ったはずなのに、甘やかすようなそんな声すらも私をドキドキさせるから悔しい。
何も言えずに目を逸らした私を、伺うように見ていた忠義が視界の端でゆっくりと立ち上がる。それだけで緊張してしまうけれど、これ以上気持ちに気付かれるような不自然な行動は取らないように、そのままの体勢を保つ。
すると私の隣に腰を下ろし胡座をかいて、忠義が私を遠慮がちに覗き込んだ。
『...びっくりした?』
「...するに決まってるでしょ」
答えると、私から目を逸らし俯いて何度か頷いた。そしてまたくるりと私の方を向いて横顔を見つめるから、ドキドキして居心地が悪い。けれど忠義は何も言わずにまた俯いた。
『じゃあ、嫌やった?』
一度こくりと頷くと、忠義が小さく溜息を漏らしたから気付いた。
私が“嫌”なのは、からかわれたり、好きじゃないのにそういう事をされること。忠義が“嫌”なわけではない。勘違いさせてしまっただろうか。
ちらりと目を向ければ、忠義の目は何かを考えているみたいに足元の一点を見つめている。
...でも言えない。
「嫌なのは忠義じゃない」なんて、受け入れるようなことは言えない。
『...俺はな、』
忠義がぼそりと呟くように言い掛けたきり口を噤む。下唇を噛んで、何かを躊躇うように視線が彷徨っているから、こっちまでソワソワしてしまう。ただ只管忠義の言葉を待つ音のない時間は、耳が痛くなる程静かで息をするのも躊躇う。
『...汐里はさ、』
漸く出た言葉は、さっきの言葉の続きではなかったからまた戸惑う。私を横目で見てすぐに目を逸らした忠義は、膝を立ててそこに口元を埋めてしまった。
「...なに、」
沈黙に耐え切れずに肘で忠義の腕を啄けば、意外にもすんなりと私の方を見て、優しい声色で言った。
『俺とそうなんのは、嫌なん?』
口元に微かに浮かぶ笑みはそのセリフには不似合いで、何だかわざと釣り上げたような口角から忠義の目に視線を移した。私を映したその目は時折僅かに逸れては戻るから緊張が高まる。
私に期待しか与えないそのどこか頼りない目は、少しの勇気をくれた。
目を逸らして勢いに任せて首を横に振った。
『...俺は、そうなりたかったで。ずっと』
顔が一気に熱を集めて、伺うように忠義を横目で見遣れば、安堵したような柔らかい笑みを浮かべて立てた膝に頭を乗せこちらを見ていた。
『...なぁ、...泊まってく?』
遠慮がちな誘いが照れ臭すぎて顔を逸らし頷けば、後から肩を引き寄せるように忠義の腕が回った。ふわりと抱き締められた腕の中で思いの外早い忠義の鼓動に気付き、閉じ込めてきた想いが溢れ出し大きな背中に手を伸ばし抱き締めた。
End.