ミッドナイトブルー


駅のホームの端で人混みを避け隣に並ぶ章ちゃんは、時計なんて気にする素振りもなく屋根の隙間から夜の空を眺めていた。その横顔を盗み見て20分程前の事を思い返す。



「私、帰るね」

気をつけてねーと口々に言うみんなは、もう私より次の店を気にしていた。私とは逆方向に歩き始めるその中のひとつの背中を見つめていると、その視線に気付いたかのように振り返ったからドキリとする。私を見た章ちゃんに手を振れば、章ちゃんがみんなに声を掛けた。

『やっぱ俺も帰ろかな』

それは私を気遣った章ちゃんの行動である事は明確だった。だってついさっきまで、今日は遅くまで飲んでタクシーで帰ると言っていたんだから。
みんなに別れを告げて私の隣に並んだ章ちゃんに胸が熱くなる。

「...ごめんね」
『何がぁ?なんでごめん?』
「...んーん、なんでもない」

この優しさが自分だけのものになればいいのにと、何度思ったかわからない。それくらい長く章ちゃんを想ってきた。



終電まで、もう少し。
向こうのホームから乗るらしい章ちゃんの終電まではまだ時間があるけれど、私の時間に合わせてホームまでこうしてついて来てくれたのだ。
嬉しいけれど、何だか寂しくなってしまう。ここでバイバイしたら、次に会えるのはいつになるんだろう。
今度2人で会おう、なんて、酔っていても言えそうにない。

『混んできたな』
「あ、うん」

停車位置付近に並ぶ人の群を見遣ってから、向こうを向いたままの章ちゃんの髪を見つめていると、ますます帰宅が憂鬱になる。

『1人で大丈夫?』
「...うん、大丈夫」

まだ一緒に居たい、なんて言葉を思い浮かべてみるけれど、そんなドラマみたいなセリフは死んでも口に出来ない。
また空を見上げた章ちゃんとは逆に、俯いて並んだ靴をぼんやりと眺めながら電車の到着を知らせるアナウンスを聞いていた。

『次、いつ会えるんやろ』

章ちゃんに顔を向ければ、首を傾けて笑みを浮かべていた。

「...章ちゃん次第じゃないの?」
『あは、そうなんかな』

俯いて笑った章ちゃんの向こう側に、電車の前照灯が見えてきて何だか焦る。

『連絡するわ』

心臓がドクリと脈打つ。いつもはグループで連絡を取り合っているのに、そんな言い方をされたら、私に、私だけに連絡をくれるんじゃないかと期待してしまう。
頷いた私に向けられた笑顔は、すぐに向こうに入ってきた電車へと向いてしまった。

「...来た」
『これ終電?』
「ん。送ってくれてありがと」
『ん』

こっちを向いた章ちゃんに「またね」と小さく呟く。それに返事はないけれど、私を見ている章ちゃんに、ゆっくりと一歩を踏み出しながら手を振る。

「.......章ちゃん、」

私を追い掛けるようにまた数歩近付いて、手首の辺りをぐっと捕まえられたからドキリとして思わず足を止めた。

『ん』
「...離して、」

ホームに響き渡るアナウンスさえも掻き消す程煩く私の中に響く心臓の音。

『嫌や言うたら?』
「......帰れなくなるよ、」

緊張から、声が震えた。
柔らかい笑みを浮かべるその瞳は紛れもなく私だけを映す。

『俺ん家に帰るって手もあんで』
「...何言ってんの、」

冗談、にしては私を強く捕まえる手に戸惑う。絡んだままの瞳は逸らされることなく私を見つめて、くい、と少しだけ腕を引かれた。

『嫌やったら振り払えばええねん』

自分が今何を考えているのか、よくわからなかった。わからないけれど、章ちゃんに握られた腕の先で拳を作り、覚悟を決めた。

ホームを埋めていた大勢の人は気付けばもう電車の中で、乗車を急かすアナウンスが私の耳から次第に遠のく。

『...一緒に帰ろ、俺ん家』

電車の扉が音を立てて締まると同時に、章ちゃんの手が緩んで滑る。拳を作っていた私の手を優しく解いて握ると、指を絡めた。

『...な?』

軋むような音を立て動き出した電車と逆方向に手を引かれ歩き出す。
熱を持った私の手を握り締め振り返った章ちゃんは、伺うように私を見て笑った。真っ赤な顔の私をからかうこともなく、ただ幸せそうな柔らかい笑みを残して前を向くと、より深く指を絡ませた。


End.