我儘リトライ


あまりにも残業が進まず、苛立って溜息を吐いた。残業なのに約束なんてしなきゃよかった。こんな仕事、すぐに片付くと思っていたのに。
苛立ちは、本当はそれだけではないのだけれど。



以前一年後輩の青木くんに告白された。あまりにもソワソワしていた私に、どうしたと声を掛けてくれた同期のヨコに訳を話すと、思わせ振りな事だけはするなと言った。だから断った。
それをきっかけにヨコとふたりで飲みに行くようなことも増え、好きになるのに時間は掛からなかった。

『...ごめん、彼女が居んねん』

何を言われているかわからない程の衝撃だった。今まであれだけふたりで居たのに、彼女...。思わせ振りな事をするなって言ったのはヨコじゃない。

毎日顔を合わせるのだから出来るだけ普通に接していたつもりだ。ふたりで飲みに行くことはなくなったけれど。
それでもずっと好きだった。だってヨコはいつまで経っても優しいから。私を解放してくれないから。

『残業ですか?1人だと遅くなるとアレだし、そこの居酒屋で待ってますね。飯食ったら送ります』

帰り際に声を掛けてくれた青木くんの誘いに頷いた。彼が私をどんな気持ちで誘ったかはわからないけれど、ヨコを忘れるために利用しようとしているなんて、自分で自分に嫌気が差す。
青木くんの誘いを受けたことで、逆に頭の中はヨコばかりになってしまった。誘ってくれたのは青木くんなのに、ヨコの事ばかり考えてしまう。これが私の苛立ちの原因。

思わせ振りなヨコは、今日もきっと待っている。

これ以上遅くなると食事の時間もなくなるから、切り上げてオフィスを出た。エレベーターの中でモヤモヤする気持ちと闘いながら拳を握り締める。

きっといる。いつも私が残業の時は決まって私を待っていた。だから今日もきっと。

エレベーターを下りて薄暗くなったエントランスホールの端のソファーにヨコの姿を見つけて思わず俯いた。そちらには目を向けず、気付かない振りをして足早にビルの自動ドアへ向かう。

『おい、汐里』

ドキリとした。私を待っていたのだから、私に気付かないはずがないのに。
遅くなる日は必ず私を待っている。飲みに行くこともないのに、ただ家に送るなんていう思わせ振りな優しさは残酷だ。

「...頼んでないよ」

自動ドアを出たところへ駆け寄ってきたヨコに、顔を見ないまま言った。

『...いつもの事やろ。ひとりで帰らすの心、』
「思わせ振りな事するなって言ったじゃない」

ヨコの言葉を遮るとヨコが口を噤んだ。
いつも私を待っていてくれるヨコを今まで何も言わずに受け入れてきたのは自分なのに、苛立ちに任せて急にこんな事を言うなんて、ただの我儘な子供でしかない。

「...大丈夫だよ。今日は送ってもらう約束してる...」
『...誰に』

ここまで来てまだ隠したい気持ちが出て来てしまうなんて私は本当に狡い女だ。

『...青木か』
「...この時間にひとりでご飯とか寂しいでしょ?だから、」
『無理して行くことないやろ』

思わずヨコを見上げれば、不機嫌そうな顔をしているようにも見えるから鼓動が早くなる。

「...別に無理なんかしてない」

あまりにも真っ直ぐに私を射抜くように見つめるから、私の心の中全てを見透かされてしまいそうで目を逸らす。

『あいつと付き合うつもりない言うてたやん』
「...でも、友達だもん」
『期待持たせるだけや』

思わず睨むように視線を向けた。
なんでヨコがそんな事言うの。ヨコの方が私より何十倍も期待を持たせるようなことしてるじゃない。

『...行かんでええて』
「...何でヨコがそんな事、」

苛立ちで喉の奥も目の奥も熱いから、唇を噛んで堪える。泣いてしまったりしたら、未だにヨコを想っていると知られてしまう。泣くわけにはいかない。だからただただヨコを睨み付ける。

『...寂しいなら俺が一緒に飯食うし、一緒に居ったるやん』

また思わせ振りなセリフを吐いたヨコが私の腕を掴む。込み上げる感情が溢れてしまいそうで、俯いて振り払うように腕を引くと、離れそうになったヨコの手が追うように伸びてまたぐっと腕を掴まれた。

『居ったるから、行くな言うとんねん』

顔を上げてちらりとヨコに目をやれば、真っ直ぐに私を見つめていた目が逸らされた。

『...行ってほしないねん。頼むから、行かんとって』

するりと腕から滑り降りたヨコの手が私の手を握る。その熱い掌に力を込められて、これ以上ない期待が胸を高鳴らせた。

『もっかいだけ俺にチャンスくれへん?』


End.