熱体夜
私、何してんだろ。
目の前のすばるは缶ビールに口を付けながらスマホを見ていて、一緒に飲んでるのにただの相席みたいな雰囲気。
彼氏の愚痴は言い飽きた。文句なんて散々言ってきたのだから、繰り返して聞いてもらう程のものでもない。もう、彼氏のことは諦めているのだから。
愚痴るためすばるを何度も呼び出していた。
彼氏のこんなところが嫌だとか、浮気したとか、もう別れるとか、そんな話をすばるは面倒臭そうにスマホを見ながらいつもずっと聞いている。
...聞いて...いないのかもしれない。それはわからないけれど、毎回私の話が終わるまで付き合ってくれていたから、一応聞いていることにしておこう。
多分、最近はすばると居ることの方が多いのだ。彼氏に会うより全然イライラしないし、私を責めたりもしないから居心地がいいのかもしれない。
だからつまらない飲み会を早めに抜け出した今も、こうしてすばるの家に押し掛けて来た。
「...ね」
遠慮がちに呼び掛けるとすばるの目がスマホから上がってちらりと私を見た。...のに、一瞬でまた視線は手元へと落ちて行く。
「ねぇ」
『なんやねん』
今度は視線さえも寄越さず、すばるが面倒臭そうに返事をした。
「...携帯ばっか」
怪訝な目で私を見遣るすばるは、鼻で笑ってからスマホをテーブルに置き、代わりに缶ビールを手にして中身を一気に流し込む。
『彼女が言うやつやん』
「彼女じゃなくても言うよ。2人しか居ないのにずっと携帯ばっか見てたらさ」
私の訴えを口の端を上げて馬鹿にしたように聞いていたすばるが、たった今空になった缶をテーブルの端に寄せた。そして私の飲み掛けのカクテルの缶に手を伸ばして掴むと、それに口を付けた。
『ほんなら、なんで彼女ちゃうのに夜中に男の部屋で2人で飲んでんねん』
「それはまた全然別の話でしょ」
私から顔を背けてへらりと笑ったすばるは、私が思っていたよりも酔っているのかもしれない。
『都合ええなぁ』
拳を口元に当てて本格的に嘲笑うように私をちらりと見るから、冷ややかな視線を送ってから目を逸らした。
『...ほんなら、あれやろ』
座っていた場所から体を横にずらし移動したすばるに目を向けると、すばるの鋭く殺気立った目が私を捉える。ドキリとして息を呑むと、伸ばされた手が私の腕を掴んで引き寄せられ、一瞬で距離が縮まった。すばるの腕の中から見上げたその真っ直ぐな目は、私の背中にじわりと汗を滲ませる。
『...別の話な。これも』
後頭部の髪に差し込まれた指に引き寄せられ更に距離が縮まり、思わずすばるの肩を押さえた。
『ええやろキスくらい』
「...何それ」
意味、わかんない。なんで急にこんなことになるの。今まで一度だってそんな素振り見せなかったじゃない。
威圧的な態度と共にすばるの指が髪をくしゃりと掴む。心臓が煩過ぎて呼吸が荒くなる。
『押せばいけんちゃうか思てんねん』
「...待って、私、」
苛立ちを含む鋭く射抜く様な視線が突き刺さる。思わず言葉を呑んで口を噤むと、すばるが低く呟いた。
『彼氏なんか関係ないわ。お前はどうやねん』
唇が触れそうな程更に距離が縮まったから、震える唇を噛む。
私を急かすように深くなった眉間の皺。だって、そんなこと急に聞かれても...。
『俺にあるんちゃうんか』
時が止まったように音がなくなった。流れていた音楽も、自分の心臓の音さえ聞こえない。
『お前の気持ち、もう俺の方にあるやろが』
見透かされた心に思わず息を呑む。
...自分でも気付いていた。もうずっと彼氏ではなくすばるに気持ちは傾いていた。
だから理由を付けて会っていたし、すばるだからこんな時間に家に来たのに。
それなのに、いざこうなってみれば緊張感で身動ぎすら出来ない。
だって、すばるの気持ちがわからない。
視線が唇へと落ちると、私の言葉を待たずに軽く唇が触れた。離れたすばるの唇は息遣いを変え、甘く深い口付けへと変わる。
思わずすばるのTシャツの首元を掴むと、首筋に触れた手からすばるの早い脈動を感じてドキリとした。
離れる度に2人の間に漏れる荒い吐息は、まるですばるの昂りを表しているようで体に熱が回る。
『...もうええやろ。なぁ、汐里』
唇が触れたまますばるが囁いた。
『今更あっち戻るなんか言わへんよなぁ?』
熱の篭った瞳に見つめられながらただ一度小さく頷いた。するとすばるの唇が柔らかく私の唇を啄む。
『もう返したらへんで』
唇を押し付けられ頭をすばるの掌に支えられながらフローリングの床に倒れ込んだ。私を見下ろしてまた噛み付くように重なった唇は、溶かされてしまいそうに熱く私の体温を上げた。
End.