イノセントラブ


降り立ったばかりの駅のホームで後ろから名前を呼ばれて驚いた。
振り返れば、つい30秒程前に最終電車の中で手を振って別れた忠義がそこに立っていた。私に歩み寄る忠義の後ろを終電が発車する。

「...ちょ、電車、...」
『...うん』

走り去った電車を指差せば、忠義はただ目を逸らして頷いた。

「...どうすんの、」
『...あんな、俺な、』

忠義が言いかけたところで反対側の列車がホームに入って来て言葉を止めた。ドアが開いて降りて来る人の群れに飲み込まれる前に、忠義が私の手を引いて改札に向かう。

駅を出て薄暗い街灯の下を歩きながら手が離れた。
この気持ちが恋だと自覚してからは、何度触れられても慣れることはない。離れた忠義の手を後ろから見つめながら、少し火照った頬を掌で包んだ。

『あんな、俺な』
「ん」

忠義が足を止めたから後ろで立ち止まるけれど、忠義の言葉は続かない。
何だか胸がざわつく。ソワソワして落ち着かない。大きな背中を見つめていたら忠義が振り返ったから、視線が合わないうちに目を伏せた。

『....俺な、』

ちらりと目を向ければ、今度は忠義が目を逸らして俯いた。そして、ふっと息を吐き出すように笑うから首を傾げる。
すると忠義の目が私を捉えて、口角の上がった口が信じられない言葉を紡いだ。

『好きやった。#name1#の事』
「え、」

声にならないような声が出た私を見て、忠義がまた笑う。
...冗談?どうして笑うの。好き“やった”?今は違うの?なんなの、からかってるの?

目線を合わせるように少し腰を落として、首を傾げながら忠義が私を覗き込んだ。

『びっくりした?』

...何それ。冗談...ってこと?
...だったら、動揺したなんて気付かれるわけにはいかない。私の気持ちにも、気付かれるわけにはいかない。

「...ん、」

私の返答に満足気に笑って空を見上げた忠義の横顔を盗み見る。
...そんな冗談を言うためにわざわざ降りて来たの...?どういうつもりでそんなこと言うの。

『んふ、引くなや』

俯いた私に笑いながら忠義が言った。

「...引いてない、」

...引いてない...けど、そんな冗談人を選ばなきゃダメなんだよ。間違っても、自分のことを好きな女の子には言っちゃダメだよ。...私みたいに、傷付く子もいるんだよ。
...なんて、絶対に言えないけど。

代わりに文句でも言ってやろうか。
そんな冗談のために降りてきたの?あんたバカなんじゃないの?今更帰れないって言っても、家、泊めないからね!って、言ってやればいい。

『...ほんまは...今も、言うたらどうする?』

余計な事を考えていたら、鼻を啜った忠義が溜息みたいに息を吐き出し口元に笑みを浮かべて言った。
目が合うと逃げるように視線が逸らされて、忠義から笑みが消える。...まるで、冗談なんかじゃなかったみたい。

空を見上げて白い息を吐き、目を閉じて大きく息を吸い込むとそれを言葉と共にまた空に向けて忠義が吐き出した。

『...あーあ!とうとう言うてもうた!』

...バカじゃないの。とうとう、って、ずっと前からそうだった、って時に使うんだよ。それじゃあ、ずっと私を好きだったみたいじゃない。

「...嘘吐き」
『まだ言うてへんな』
「...............、」
『好き、やで』

忠義が真っ直ぐに私を見ていた。
いつもより少し固い笑顔が、彼の本気に見えた。

「...嘘、」

私が呟くと、首を傾げて苦笑いのような笑みを浮かべていた。

『...んふ、何が?』
「...嘘吐き、って言ったの、嘘...」

その言葉で、忠義にいつもの笑顔が戻った。私の気持ちを読み取ったみたいに、何だかとても幸せそうに笑うから、恥ずかしくて堪らなくなって俯いた。

『それって、受け入れてくれたってことやんな?』
「...まだなんも言ってない」
『えぇ?そんなんないわ!』

笑いながら距離を詰めて、顔を見る間もなく抱き寄せられた。忠義の胸の早い鼓動を聞きながら、それ以上に早く脈打つ心臓。今はふたつのビートが心地良くて、あたたかい腕の中で幸せを噛み締めながら目を閉じた。


End.