ロストラブレター


言うことを聞いてくれない私の口は放っておいて、ガタガタと震える人差し指に全てを託した。

その人差し指さえも、スマホの画面を何回真っ暗にしたかわからない。
メールを打ち始める前に放心して30分、メールを打ち終わるのに1時間、それから送信するまで軽く2時間は掛かった。

迷った挙句、余計な部分は全部消して、二文字。
たった二文字。されど二文字。
普段の生活の中で数え切れないほど使って来たであろうその二文字を、今までで一番緊張し、崇めながら打って、1時間前に送信した。

...来ないよ。返信が来ない。
いや、まだ大丈夫よね。だって1時間しか経ってないんだもん。まだまだ。

仕事中かもしれないし。
ご飯食べてるかもしれないし。
お風呂入ってるかもしれないし。
女と居...いや。...まぁ、それは考えないことにしよう。

ベッドの上に置いた携帯を離れたところから見つめる。
送信してからずっと握り締めたままの手に、血行不良で三度目の痺れがジンジンと襲って来たその時、インターホンが鳴った。

この時間だと、友達くらいしか訪ねて来る人はいないはずだ。
ま、まさか、亮?
いきなり何の連絡もなしにそんなことって、ある?

恐る恐るドアスコープを覗くと、辺りをキョロキョロと見回す亮が立っていた。
いきなり激しく脈打ち始めた心臓が、これでもかというくらい私の胸をノックしている。

少しだけ開けたドアの隙間から覗くと、アルコールの香りがして顔を顰める。そんな私を見た亮はヘラっと笑ってドアを掴んだ。

『近く通ったから寄った!これ土産!この前な、沖縄行って来てん!優たちと!泡盛やで!はい!めっちゃ美味いでこれ!はよ受け取って!つーか入れてや!ええやろ?むっちゃトイレ行きたい!貸して!』

すごい勢いで捲し立てるから驚いた。これは酔ってる。かなり酔ってる。

ドアを開ける前に引かれて
『お邪魔しまーす』
と勝手に家に上がった亮がトイレに駆け込んだ。
すぐに、スッキリしたー!と出て来た亮がまた私を見てヘラヘラ笑うと、勝手に部屋の奥へと入って行く。

『今日仕事やったん?あ、休みか。土曜日やもんなぁ。俺今日夕方までやったから、...あ、俺これ好き!パウダービーズってやつやんな?むっちゃ好き!この触り心地最高!しかもクマやん!#name1#も可愛いとこあるやん!』

再びマシンガントークを繰り広げながらソファーに横になってクマの形のビーズクッションを抱えている亮が、転がったまま私を見る。

『何してたん?』
「...別に」
『泡盛飲む?』
「...や、」
『グラス持って来て!』

ソファーから飛び起きてクマと戯れながら私に言った亮を見て、悔しいけどちょっと可愛いなとか思いながらキッチンへ向かう。
そしてグラスを棚から出しながら考える。

普通だ。普通すぎる。
もしかして、メール見てない?
充電切れてる系?
だから来る前メールしてこなかったの?
大分酔ってるみたいだし、見てないのかもしれない。

グラスを亮の前に置くと、もう既にあけられたボトルを持って待ち構えていた亮が泡盛をグラスに注いだ。
その姿を横目で伺うように見つめてみるけれど、なんらいつもと変わりない。というか、酔っているからよくわからない。

『...そんな見んなってぇー!』
「............。」
『なんやねん、テンション低いなぁ!』

今すぐ亮の携帯を開いてメールを削除したい衝動に駆られていた。このまま普通に一緒に過ごしていて、あとで『え、何これ...』なんてなるの、耐えられない!
けど、ちょっと携帯見せて!なんて彼女でもないのに言えない。いや、彼女でも言えない。

『かんぱーい!』
「...乾杯...」
『美味いやろ?めっちゃ美味いやんな?』
「...まだ飲んでません」
『もうなんやねんな!はよして!』

一口含んで頷けば、また顔を緩めてだらしなく亮が笑った。
どうしよう。この状況。どうしたらいいんだろう。自分が酔う前に考えないと。
クマを抱いた亮がグラスをドンとテーブルに置いたからちらりと目を向けた。亮の目が泳ぎ出したから首を傾げる。

『...え』
「え?」
『さっきのメールさぁ、...何?』

........えっ!!今?それ今来るの?
完全に油断してた...。
亮から目を逸らして泡盛を見つめたまま固まった。クマの中のビーズを弄りながら、亮がゴクゴクと泡盛を流し込んで、またドンと音を立ててテーブルに置く。

『めっちゃ考えながら何っ回も見てみたんやけど...、あれって、俺のことなん?』

そうだ。簡単なこと。決心して送ったんだから、あとはもう頷けばいいだけ。
コクリと頷いてからちらりと亮を見れば、恐る恐る、といった感じで私を見ている。
...あーコレやばいかな。なんか、引いてる?すごい微妙な顔してる。

亮から目を逸らして再び泡盛を見つめると、ふっと息を吐き出す音が聞こえた。

『...ほんならなんで返事返さへんの?』
「...え」
『無視されたらほんまは違う奴に送るつもりやったんちゃうか思うやろ!』
「...え、」
『なんでわざわざこんな小細工して来てる思てんねん!』
「...えぇ、...?」
『沖縄行ったけどお前に土産なんてこうてへんし!これそこの酒屋のやつやし!』

返事って何。来てないよ、そんなの。だってずっと見てたもん。
携帯に手を伸ばしてボタンを押すと、画面は真っ暗なままだ。

「...充電、切れてた、...」
『アホ!ええ加減にせぇよ!...アホ!』

罵倒の声を聞きながら充電器に繋ごうと慌てて立ち上がろうとしたら、私の横をクマが舞った。引っ張られるように後ろから抱きつかれて亮の胸に背を預ける。
片手が頬に添えられ少し乱暴に横を向かされると、すぐ横の亮の顔と数センチの距離になる。

『最悪や、お前』

言葉の割に優しく唇が触れて、私のお腹辺りにある腕に力が込められた。
こんな状況でも、まだ疑っている。だって私はそのメールをまだ見ていない。
けれど、なかなか終わらない溶かされるようなキスに思考を全て止められた。


 “ 好きか好きじゃないか言われたら、
  むっちゃ好きやで ”


End.