放課後メランコリー


教室の窓からぼんやりとその女の子の背中を眺めていた。章ちゃんにお似合いの小さなあの子の隣には、今日は章ちゃんではなくて、章ちゃんよりはるかにでかい男が並んでいる。見慣れないから、なんだか違和感。

『#name1#ー』

いきなり背中側から聞こえた声にドキリとした。すぐに私の隣に並んだ章ちゃんは、窓の手摺に背中を預け私の顔を覗き込む。

慌てて下の二人にちらりと目を向ければ、二つの背中は校門から外へ出るところだ。
...章ちゃんが窓に背中を向けててよかった。...なんて、なんで私が焦ってるんだろう。章ちゃんの彼女と大倉のことを、なんで私が隠さなきゃいけないんだろう。

『俺が来たのにも気付かん程、誰に見とれてたん?』
「そんなんじゃないよ」
『恋煩い?』

息が詰まったように言葉を失った。
笑顔でそんなことを言うなんて、なんて無神経な人なんだろう。...っていうのは、ただの八つ当たり。もうあれから半年も経っているのだから無理もない。


半年前、章ちゃんに告白した。
“ありがとぉ”
その言葉の意味は知っている。章ちゃんには、付き合い始めたばかりの彼女がいたから。知っていて告白したのだから。

章ちゃんは変わらなかった。普通に話し掛けてくれるし、みんなと一緒に遊びに行くのも誘ってくれる。
けれど、その優しさが痛い。だからまだ忘れられないんじゃない。たまに見掛ける二人の背中をここから見送って、何度忘れようと誓ったかわからない。


『あは、図星や』

俯いて口元に手を当て笑う章ちゃんを横目に、頭の中でごちゃごちゃと考えを巡らせていた。
否定したらまだ章ちゃんを好きなのかと疑われるだろうか。漸く出て来た言葉は。

「...秘密ー」
『えぇーなんやねーん』

言いながら目の前の椅子に章ちゃんが座った。教室には私たちの他にクラスメイトが二人だけだ。

「...帰らないの?」
『#name1#が帰るなら』
「...帰るよ」
『ん、なら一緒に帰ろ』
「...彼女は、...」

思わず出てしまった上に、中途半端に言葉を止めてしまったことを後悔していた。...だって、あの日から今日まで、二人で帰ることなんて一度もなかったから。だから、動揺してしまった。

『別れたで?』
「......え?」
『2週間前』
「......聞いてない」
『えー言うたやろぉ』
「聞いてないよ、」
『そうやったぁ?』

しらばっくれるような言葉に、マイナスの感情だけが心を支配する。なんで私に報告しなかったのかと考えれば、それは“別れたからってお前とは付き合わない”ということなんじゃないだろうか。

窓の外に目を向けた章ちゃんをちらりと盗み見た。もう外にあの子の姿はないけれど、何だかそわそわしてしまう。

「...なんで別れたの?」

聞きたかったわけではなかった。けれど、二人きりになってしまった教室に沈黙が流れたから、それに耐え切れずに思わず出て来た。

『なんかな、恋してる目やねんて』

ふふん、と笑った章ちゃんが私を見た。
意味がよくわからずに首を傾げて章ちゃんを見れば、また俯いて笑う。

『スキスキビームみたいの、出てんねんて』
「..............。」
『...ネーミングセンスないやろ?スキスキビームて!』

ますます意味がわからない。
...嬉しくないはずないじゃない。好きな人からのそんな視線、私だったら嬉しくて、幸せでたまらない。

「...それがダメなの?」
『ん?』
「...それが原因?」

また少し沈黙が流れて、章ちゃんが笑ったからちらりと目を向ける。章ちゃんも私をちらりと見て目を逸らした。

『#name1#。』
「...なに」
『原因は、#name1#』

机に頬杖をついて伺うように私を見た章ちゃんの口元には笑みが浮かんでいて、冗談なのか、そうじゃないのか、よくわからない。

『俺がな、#name1#に、スキスキビーム送ってんねんて』

なんなのそれ。だって、章ちゃんは、...。冗談でしょ?告白した私にそんな冗談、普通言わないでしょ。

「面白くない」
『...はぁ?』
「その冗談、...面白くない」
『あは、おもろい話してへん!』

ニコニコと私に笑顔を向ける章ちゃんはいつもの章ちゃんで、普通過ぎて、私の動揺が見透かされていないかとドキドキする。

『フラれてもうた。#name1#のせいで』
「...言えばいいじゃない」
『何を?』
「...私をフったこと」

妙に緊張していた。告白してからこの話を持ち出したのは今が初めてだ。二人とも触れないように、ずっと心の奥にしまっていたんだから。

『言うたよ』
「...........、」
『けど、否定は出来ひんかった』

笑っているから、全てが冗談なんじゃないかと思った。笑みを浮かべる章ちゃんの横顔を見つめて心の中を覗こうとするけれど、ただ胸が苦しくなるだけでわからない。

『スキスキビーム、出してるつもりはなかったけど、...見てたのは事実やし』
「.............、」
『...好きなんかもしれん』

いきなりそんなこと言われたって信じられるわけない。

「......うそでしょ、」
『...けど、好きな奴居るみたいやし?』

自分でフっといてそんなこと言うなんて狡い。今頃そんなこと言うなんて。

「......なにそれ、」
『うん。調子ええこと言うてるわ、俺』

私の方は見ようともせずに俯いて笑う章ちゃんの横顔をちらりと見る。すると私から顔を背けるから、章ちゃんの栗色の髪を見つめた。

『......俺より、好き?』
「......え?」
『前俺のこと好きや言うてくれた時より、今そいつのこと好きなん?』

どんな顔をしているのかはわからない。けれど、声だけ聞く限り、笑っているようには思えない。ふざけているようにも感じない。

...違う。好きな人なんか章ちゃん以外にいない。いるはずないじゃない。
胸の奥から込み上げる想いに息が詰まったように言葉が出ないから、俯いて首を横に振った。章ちゃんはあっちを向いているから見えていないのに。

『...かも、ちゃうわ。やっぱり、好き』
「.............、」
『...好きやねん。やっぱり』

章ちゃんが振り返って私を見た。上目遣いのようなその目から目を逸らして俯く。胸の痛みにじんわりと浸食され、胸の奥が熱くて苦しい。鼓動が早まる。
今伝えなければ言えない気がする。ちゃんと伝えなければ後悔する。だって好きなのは、ずっと章ちゃんだけなんだから。

『...なぁ』

視線を上げて章ちゃんを見遣る。立ちあがって私を真っ直ぐに見つめる瞳にドキリとして視線が逸らせない。
2人きりの教室に沈黙が続く。高鳴る鼓動が邪魔をしてなかなか言葉を紡ぐことが出来ない。
答えはもう、決まっているのに。

『...もう遅い?』

私に伸ばされた手がゆっくりと肩に触れ、引き寄せられた。背中に回った腕に抱き寄せられて息が詰まったみたいに苦しい。

「...狡い、」

思わず零れた言葉に、章ちゃんがふっと笑って髪を撫でる。

『...うん、ごめん』

優しく心地良いトーンの声と共にますます強く私を抱く腕に胸が高鳴る。
まだ告白なんかしていないのに、僅かに嬉しそうに笑い声を漏らす章ちゃんは、“狡い”の意味をきっと理解したはず。私の気持ちに、もう気付いている。

「...章ちゃん、」
『うん?』
「...すき」
『...うん、知ってる』


End.