夜がはじまる
酔ってしまえば少しは楽になると思った。
一気にアルコールを流し込んでグラスを置き、私の隣でベッドを背凭れにして膝を抱えている章大を盗み見る。
最初から居た友人達は終電に合わせて私の部屋から少しずつ減り、とうとう章大と2人きりになって10分。
...落ち着かない。こんなに意識しているのはきっと私だけで、隣の章大は完全に酔っていてずっとへらへらと笑っているんだから。
友人達が帰ると言っても、その度に笑顔で手を振る章大はその場から腰を上げようとはしない。
...別にいいんだけど。居てくれて全然いいんだけど。寧ろ嬉しいけれど、やっぱりふたりは少し緊張してしまう。
突然くるりと私の方を向いて、目が合えば章大がにっこりと笑う。ベッドの上から私の愛用のウサギの抱き枕を手繰り寄せると、ぎゅーっと腕の中に閉じ込めて顔を埋めた。いい大人の男だというのにその仕種があまりに可愛くて、横目で見ながら胸がきゅんと締め付けられる。
『あーあぁー...』
溜息と一緒に篭った声が聞こえて、その顔を覗き込もうとするけれど、枕に埋まったままの顔は上がらない。愛しくてたまらない。立てた膝に緩む口元を隠してその姿を見つめていた。
『...帰りたくないなぁー』
枕の中から聞こえた甘えたような声にドキリとした。けれど、動揺しているなんて気付かれるわけにはいかない。
「...それ女子が言うやつ」
照れ隠しに言ってみれば、んふふふ、と笑い声が聞こえて、章大が顔を上げた。相変わらず抱き締めたままのウサギに顎を乗せて笑いながら私を見る。
『ほな言うてみて。...可愛くな♡』
「...“帰りたくないなぁ”」
『帰さへんよ』
にこやかな愛らしい表情に不釣り合いな男前なセリフ。ただの冗談だとはわかっていても、やっぱりドキドキしてしまう。
「...ここ私の家」
的確な突っ込みを入れてみれば、章大がまた笑う。視線が逸れて口元に手を当て、考えるような仕種をしてからまた私に視線が向けられた。
『じゃあ ... “帰らへんよ♡”』
...どうしよう。ドキドキする。
どんなつもりでそんなことを言うの。
「...本気?」
『ダメ?』
首を傾げて伺うように私を見つめるその目は、ある意味『本気』で。
嬉しいのと戸惑う気持ちが入り混じって鼓動ばかりが早くなる。
「...布団ない、」
『ん、大丈夫。一緒に寝よ』
すぐに返ってきたその言葉と無邪気な笑顔が胸を高鳴らせる。締め付けられるように甘い痛みが走った胸に手を当て章大から目を逸らすと、視界の端の章大が抱き枕に口元を埋めた。
『...手は出すけど...♡』
小さく篭ったその呟きに驚いて思わず章大に目を向けると、抱き締めていたウサギがベッドの上に放り投げられた。空いたばかりの手は私の体を抱き寄せ腕の中に閉じ込める。
私の肩に乗せられた顎。耳元の吐息。ふわりと私を包む腕。固まる私の髪を撫でる熱を持った手に、軽く髪を引かれて覗き込むように傾けられた章大の顔が目の前に現れた。
『...キス、しちゃお』
孤を描いた唇がすぐに私の唇に触れた。離れて見つめて笑って、言葉を失った私に啄むように何度もキスを落としながら章大の腕がまた私を抱き寄せた。
End.