シュリンガーラ
何度深呼吸しても煩いままの心臓に、焦りが隠せない。侯くんとふたりきりになってからずっと、意識し過ぎて上手く話せずにいる。...ふたりきりになるもっと前から、だったのかもしれないけれど。
飲み会が始まる前会場に来た彼は、驚いたような顔をしていた。その後に不貞腐れたような表情へと変ったから理由を考えてみれば、私の誘い方に問題があったんだろうと答えが出た。
“ふたりで”と取られてもおかしくない言い方で誘ってしまったから。
友人同士だった彼と想いが通じあったのは一週間前で、それから会うのは今日が初めてだ。
会場にいる時から、侯くんに話し掛けることが出来ずにいた。何だか不機嫌そうだったから。そんな理由だけではなくて、照れくさ過ぎてどう接していいかわからなかった。
帰り際に『送る』と声を掛けられて頷いた。今までなら嬉しいだけだったけれど、今日は少し違った。嬉しいはずなのに、ふたりきりは気まずい気がして目を合わせることが出来なかったから。
“...ふたりや思ててん”
帰り道でそう言われて、何も言えなくなってしまった。ごめんね、さえ言えずに自宅付近まで来た時に、侯くんが言った。
“少し、寄ってったらあかん?”
断る理由なんてなかった。部屋は一週間前のあの日から綺麗に片付いているし、何より、私達は付き合っているんだし。
頷いた私にほっとしたような顔をした侯くんに、少し罪悪感を感じていた。きっと私の余所余所しい態度に、侯くんは傷付いている。
『なぁ』
部屋に入っても沈黙が続いていたから、急に声を掛けられてドキリとした。
「...お茶、入れるね、」
気まずくて咄嗟に口にした。落ち着かなくて座らずにいたから、そのままキッチンへと向かう。
『おい』
「コーヒーがいい?紅茶...?」
呼び止められたのに気付かないふりをしてしまった。自分が自分でなくなりそうな程緊張していて戸惑う。
『...おいって』
聞こえないとは言えない声量に足を止めた。ドクドクと脈打つ心臓が煩くて、震える息を吐き出す。
『茶飲みに来たんちゃうねん』
...そんなのわかってる。どうしたらいいかわからないだけ。いままでずっと、侯くんに減らず口ばかり叩いてきたんだから、今更女の子らしくするのが恥ずかしいだけ。
『こっち来いて』
「......ん、」
辛うじて返事はしたけれど、振り返ることが出来ない。すると、肩をぽんと叩かれ滑ってきた掌に手を引かれてソファーへと促された。
先にソファーに座った侯くんが私を見上げて隣を顎で指す。
『...はよ、ここ来て』
離れていた手をまた握って引かれ侯くんの隣に腰を下ろすと、そのまま横からゆっくりと腕が回って抱き締められた。首筋に顔が埋められて大きく吐き出された吐息を聞きながら、自分の心臓の音が聞こえていないか不安で堪らない。
その時顔を上げた侯くんが私を覗き込むように見たからドキリとした。いつもはこんなに長く目を合わせることなんてなかったのに、今侯くんの目が私を真っ直ぐに見つめている。
『...充分待ったで』
「...ん、」
低いトーンで小さく呟かれ、頷いた。高鳴る鼓動に息苦しさを感じ小さく口を開けて空気を取り込むと、侯くんの視線が私の唇へと移った。
『...もうええやろ?キスくらい』
また私へと戻って来た目に見つめられて動くことが出来なくなってしまった。今呼吸が出来ているのかすらわからない。自分の体ではないような感覚で、侯くんを見つめることしか出来ない。
『友達、...いい加減卒業しよ』
小さく頷いた瞬間に唇が触れた。私の唇を優しく啄む侯くんの唇に次第に胸が熱くなっていく。泣いてしまいそうな程昂った感情を鎮めるように侯くんの手が髪を撫でるから、込み上げる涙を押さえ込むように瞼を閉じた。
End.