レッド・エイク


最初から、断るつもりだった。
彼が私を好きだということには少し前から気付いていたし、昨日『好きなんだ』と言われた時点で答えも決まっていた。
...けれど、断れなかった。彼の後ろをすばるが横切ったから。私の方を見て、面白いものを見た、と言っているみたいに口の端を持ち上げて笑ったから。

本当は、それだけじゃない。昔から変わらず私の部屋に勝手に入って来るすばるは、最近になって私にキスをするようになった。
告白なんてされていない。体に触れることもない。ただ、唇が触れるだけ。
それでも期待せずにはいられなかった。...ずっと、好きなんだから。

今日、断るはずだった。
それなのに私が口を開く前に彼が言った。
“...ごめん...、”
向こうからフラれた。

足早に自宅を通り過ぎて3軒先のすばるの家へ向かった。庭先にいたすばるのお母さんは快く私を家へと上げてくれたから、昔はよく来ていたすばるの部屋へ向かう。
階段を上がりすばるの部屋のドアを勝手に開けると、ベランダの端にしゃがみ込むすばるの姿。私に気付くことなく煙を吐き出すすばるの横顔は、いつの間にか大人の男の顔になっていた。

「...どういう事」

煙草を咥えたすばるの目が私に向く。驚く様子もなくただ私を見ている瞳に余裕すら感じて、言葉を飲み込みそうになる。
開けっ放しの窓から煙草の煙が室内に入るけれど、今はそれどころではない。

『何がやねん』
「...フラれた。あっちから告ってきたのに」

ふっと笑ったすばるの口から吸い込んだ煙が吐き出されて、短くなった煙草をまた咥えるその横顔を睨む。

『知らんがな』

知らない筈ない。
すばるしかいない。

「...これ、何」

“...付き合ってる人、いたんだ?
 知らなかった。...ごめん、...”
彼の言葉を思い出しながら首元の紅い痕を指差して見せるけれど、その目は煙を追ったまま私を見ようとしない。

「すばる以外、誰が付けるの」

その所有印にはどんな意味があるのだろう。そもそも、所有の意味自体あるのかすらわからない。

やっと向けられた視線は鋭く私を見つめる。煙草を灰皿に押し付け立ち上がったすばるが、部屋に入って私の目の前まで来て顔を近付けた。

『お前と寝た覚えないで』

威圧的な目を向け、黙る私の唇をすばるの薄い唇が食んだ。

...寝たことはないけれど、ならどうしていつもキスなんてするの。だから期待するんじゃない。

昨日だって、目が覚めた私の首元から顔を上げて、何をしていたの。首元の紅い痕はその時のものでしょう?

何度も柔らかく食むすばるの唇を拒絶することも出来ない程にドキドキする。これまで、抵抗してしまったら先は無い気がして、曖昧なままでも繋ぎ止めたい自分がいた。
けれど、賭けてみたい。この関係を壊すきっかけを作ったのは、他でもないすばるだ。

『...認めたら、どうなる?』

期待に震えた唇を、馬鹿にしたように息を零して笑ったすばるの触れたままの唇が、私の唇を啄む。

『ずっとここ、居ってくれるんか』

返事をする間もなく噛み付く様なキスで塞がれた。その一言は、思わせ振りでもからかいでもないと確信したと同時に、すばるの腕が私を抱き締めた。


End.