Roger.
『おいお前今すぐ表出て来いコラ』
店の外にいる信ちゃんからの電話に出れば、開口一番巻き舌で言われてプツリと通話が途切れた。
周りで酒を飲みながら談笑する友人達の会話ももう一切聞こえないくらいドキドキしている。
...何をそんなに怒っているんだろう。さっき外で会った時から機嫌悪そうだな、とは思っていた。けれど、駅の方向がわからないからと言うすばるを私が途中まで送って行こうとしたら、信ちゃんが代って送って行ってくれたし、あまり気にしないようにしていたのに。
立ち上がってバッグを掴みトイレに向かう。説教だとしても信ちゃんと向かい合うのだから、急いでメイクを直す。鏡の前に立つとアルコールのせいか緊張のせいか赤らむ顔をピタピタと叩いてトイレを出て店の入口のドアを開いた。
敷地内の壁に凭れポケットに手を突っ込み俯いている信ちゃんを見つけて緊張が高まる。すると信ちゃんの顔が上がって私をちらりと見たから心臓が跳ねた。けれど睨むように私を見て逸らされた視線はまた信ちゃんの足元へと落ちて行った。
ゆっくりと歩み寄って横に立つと、信ちゃんの鋭い目が私に向けられて思わずゴクリと唾を飲む。
『お前誰にでもついてくわけちゃうよなぁ?』
突然のことで質問の意味が理解出来ない。困惑して信ちゃんを見つめたままその意味を考えていると、小さく舌打ちされたから取り敢えず答えだけを言ってみる。
「...そんなわけないじゃん」
『ほんまかぁ?』
...何をそんなに疑っているんだろう。
信ちゃんは束縛するタイプではないし、何より私は信ちゃんの彼女ではないのに。それなのに、私にそんな事を言うなんて、もしかして、信ちゃん…
『...ほんなら俺ん家来るか?』
一瞬期待したにも関わらず、予想をはるかに上回った信ちゃんの言葉を聞いたら心臓がバクバクして力の入った拳を握り締める。
答えはひとつしかないのに、喉が張り付いたような感覚で声が出にくい。
「...行く」
『アホか!あかん!』
意を決して俯いたまま言えば被せる程早く否定の言葉が返ってきたから思わず顔を上げた。と同時に信ちゃんの手が私の頭をバシッと叩いて、さっきよりさらに般若みたいな顔をした信ちゃんが私を見ていた。
「...痛いっ!来るかって言ったの信ちゃんでしょ!」
『誰にでもついてったらあかん言うてるやろ!』
...なんなの、期待させるだけさせておいて、狡いよ。
「...誰にでもじゃない」
『あ?なんて?』
消えそうに呟いた言葉は声が震えた。だって、これじゃあ告白と一緒。
もう一回、なんてない。精一杯の勇気だったのに。
『#name1#、おい。なんて?』
「................、」
『...お前なぁ、“道わからんからついてきて”とか平気でついてったらあかんねんで?この前もそうやろ、“ちょっと外で話そうや”言う奴についてって、まだ懲りてへんのか!すばるやからまだええけど!あいつはアレやからええねんけど!』
興奮で真っ赤な顔をして一気に捲し立てるように言った信ちゃんを呆然と見ていた。
...心配してくれてるのはわかった。でも、そんなに怒ると期待しちゃうよ。私は信ちゃんにとって、どうでもいい奴じゃないと思っちゃう。
「......だから、...信ちゃんだからでしょ、」
もう一度振り絞った勇気は、きっと信ちゃんの耳に届いている。少しだけ信ちゃんの眉がぴくりと動いたから。
緊張し過ぎて吐き出した息さえも震えた。沈黙が怖くて俯けば、信ちゃんが私の頭の上で溜息を漏らす。
『......なら、来たらええんちゃう』
その言葉に息を飲んだ。
『俺ん家、来たらええがな』
顔を上げてちらりと信ちゃんを見遣れば、さっきよりも少し柔らかくなった表情で私を見ていた。
『どういう事かわかっとんのか』
「...信ちゃんこそ」
もう期待だけさせるのはやめてよ。こっから落とされたら、もう上がってこれないよ。
『お前アホやろ』
急に肩を掴んで後ろの壁に押し付けられると、信ちゃんの唇がぶつかるようにキスを落として、すぐに私を睨み付けた。
『行くで』
壁に背を預けたまま、背を向けた信ちゃんの後姿を呆然と見ていると、振り返った信ちゃんがまたこちらに歩み寄り私の腕を掴んで引いた。
引っ張られるように歩きながら見上げた信ちゃんの横顔は、私の視線に気付いて逸らされる。
『...なんや、もっとして欲しいんか』
「...ちがうよ、」
『...家着くまで待っとけ』
「......うん」
横目でちらりと私を見るから何だか妙に恥ずかしくなる。顔を逸らしてもちらちらと伺うように見るから、照れ隠しに言った。
「...信ちゃんこそ、我慢してよね」
『...わかっとるわ』
腕を掴んでいた手が緩んだと思ったら、滑り降りて信ちゃんの手が乱暴に私の手を握るから、胸の苦しさは甘い痛みへと変わった。
End.