step over


15分程前、突然家に押し掛けた私を見て目を丸くした隆平は、私の涙を見てすぐに部屋へ入るように促した。
困ったような、呆れたような笑みを浮かべて私の背中を押した。

隆平への想いはどうしようもなく膨らみ過ぎて、ただ黙ったまま涙を零すことしか出来ない私に、同じように暫く黙ったまま隆平はただ隣に座っていた。

『...あの人のこと、やろ?』

沈黙を破って隆平が私に問い掛ける。
...あの人なんて言わないで。

『...よっぽどそいつが好きなんやなぁ...』

ボソリと独り言のように呟いた隆平の言葉は、私の胸をじわりと締め付ける。そのせいで目に溜まった涙がポロリと流れ落ちた。

...私の気持ちなんて、何も知らないくせに。今まで話していた私が想いを寄せる相手が自分のことだなんて、きっと1ミリだって思っていないはず。

『よしよーし、』

眉を下げ困ったような顔をして私の頭を撫でる隆平を見たら、ますます涙が零れた。その涙を隆平の指が優しく拭う。当たり前のように。それが自分に与えられた仕事のように。
隆平のせいなのに、無神経に優しくしないで。

『...目ぇ腫れてまうよ。外歩かれへんやん』

子供を相手にしているみたいに柔らかい口調で言いながらまた涙を拭う。今度は頬の涙までも掌で覆うように拭うから、私の心は掻き乱されるばかり。

隆平まで眉を下げ悲しい顔をして、あまりにもすんなり私を抱き締める。いつもハグをする時みたいに。けれどいつもと違うのは、その腕の強さ。包み込むように、大事そうに私を抱き締めるから、心臓が煩い。

『帰らんでもええよ』

優しいその声は無神経過ぎた。

『明日送るから』

どういうつもりでそんな事を言うの。
隆平の優しさは、いつからか私の胸を締め付けるようになった。嬉しいのに、痛い。胸が痛くて苦しくて、それでも隆平の背中に腕を回した。持て余した気持ちを込めるように、力を込めて隆平に縋り付く。

『...俺が慰めたろか』

ドキリとした言葉を吐いた隆平は、微かに笑いを含むからかう様な声。
...だから、無神経なんだってば。
思わず睨むように隆平を見遣れば、目が合う前に唇が塞がれた。押し付けられた唇は、一度だけ私の唇を大事そうに優しく食んで離れて行った。

『...したるよ、キスでも、...セックスでも』

また唇が触れそうな距離で呟く泣き出しそうな隆平の震える声。

なんでそんな事言うの。
なんで隆平がそんな顔するの。

『お前がして欲しい事、何でもしたるよ』

目の前の隆平の瞳は揺れているのに、胸が高鳴る。
私はずっと、大きな勘違いをしていたのかもしれない。もしかすると、隆平は...

『...俺に、させて』

吐息と共に消えそうに吐き出された言葉は、合わせられた唇によって私の咥内へと消えた。優しさの中に見え隠れする隆平の苛立ちは、私を抱き締める腕の強さと荒くなった呼吸に現れる。
ぐっと体重を掛けられて倒れ込むと、床に押し付けるようにしながら舌を深く絡め、髪をくしゃりと掴まれた。

解けた隆平の舌が唇をなぞり、熱い唇が私の首筋へと滑る。密着した体は私を床に押さえ付け動きを封じた。
そんなことしなくても、逃げないのに。

「...隆平、」

私の小さな声は聞こえない振りをして、隆平の唇は私を愛撫し続ける。

「...私が好きなのは、」

その言葉にピタリと動きを止めた隆平が、顔を上げて私を見つめた。その揺れる瞳は私だけを映して、私のために揺れていた。

「...私、」

隆平の下から引き抜いた腕で縋り付くように抱き締めれば、震える吐息ごと性急なキスに飲まれた。


End.