ナミダ・ドロップ


二人共ただ無言で、壁に背を預けて座っていた。様子を伺うように隣の章ちゃんをちらりと見ると俯いている。

掌が痛くて握り締めていた手を開けば、くっきりと4つの爪痕が掌に残っていた。吐き出した息は震えていて、今頃になって鼻の奥がツンと痛んできた。

私が鼻を啜ったら、章ちゃんが顔を上げて私を見たから少し顔を背けた。
...泣くなんて恥ずかしい。

『なんかアレやな。今日、めっちゃ女の子』

そんなからかいに切り返す言葉も出ない程、頭が働いていない。
膝を抱える私の隣で胡座をかいて座る章ちゃんは、私の横顔を見てふっと息を漏らして笑った。

『どこが好きなん』

首を傾けて私を覗き込むように見たその顔は笑みを浮かべて私の言葉を待つ。黙っている私から目を逸らして俯くと、たまにちらちらと私に目を向ける。

「...無神経に優しいとこ」
『あは、それ褒め言葉ちゃうで』

何だか一気に緊張から解放されて、目の奥が焼けるように熱い。本格的に泣いてしまいそう。
さっきまで爪を立てて握り締めていた手も、力の抜けた足も次第に痺れ始めた。

「...いい、の、」

涙声になった私にゆっくりと目を向けた章ちゃんは、もうからかうように笑ってなんかいなかった。それがますます涙腺を刺激して、立てた膝に顔を埋め、これ以上涙が溢れないように堪える。

『...泣く程好きやったんやなぁ』

驚く程柔らかくて優しい声で言うから、唇を噛み締めた。ポンと頭に触れた手はくしゃくしゃと頭を撫でて、その手の温かさに胸が苦しくなる。

そんな事しないでよ。止まらなくなるじゃない。

『...よしよし』

宥めるような優しい声に、我慢していたはずの涙は次から次へと溢れた。拭い切れない涙は、顔を埋めていた膝から足にまで伝う程流れているから恥ずかしい。

...けど、...なんかちょっと、アレじゃない...?

埋めていた顔を上げてちらりと章ちゃんを見遣れば、章ちゃんはまた首を傾けて私に優しい笑みを向ける。

「...他人事みたいね、」

本当に、そう。これじゃあ慰められてるみたいで、なんか変。

すると、ふるふると小さく首を横に振った章ちゃんが今まで以上に優しい声色で私に言った。

『...んーん。今日から大事にしたらなあかんなーって、思てるよ』

この言葉で実感した。
私、本当に章ちゃんの彼女になったんだ。

どうしたって溢れてしまう涙が恥ずかしくて、顔を掌で覆った。
すると、あはは、と声を出して笑って章ちゃんの手が更にわしゃわしゃと頭を撫でる。

『...なぁ、キスしたいからそろそろ顔上げて?』
「.......無理、」

いきなりそんな事言うなんて狡い。章ちゃんが私を選んでくれただけで、こんなに嬉しくてどうしようもなくて、幸せ過ぎるのに。

『あは、じゃあおいで。抱っこしよ』

躊躇う私を見て撫でていた頭をぐい、と引き寄せて章ちゃんの腕に抱かれた。今まで知ることのなかった章ちゃんの体温にはじめて包み込まれる。
苦しいほどに胸がいっぱいで、抱かれた腕からじわりと感じる章ちゃんの想いに、ますます涙が溢れ出した。


End.