First Snowfall
小学生の頃、あんなに大嫌いだったこの男と今も一緒にいることに、たまに違和感を感じる。
成長するにつれてクソガキはイケメンになって、ところどころ紳士な面が垣間見えたりするから、何だか変な感覚だ。その変な感覚は、やがて更におかしな感情を産み出して、この気持ちが恋なんじゃないかと焦り始めた。
なんで好きになっちゃったんだろう。
子供の頃から意地悪で女の子を泣かせてばかりいたくせに、当時から今も変わらずモテるこの男を。
「ねぇ」
『なん』
「小学校の時さ、私が泣いたのって、亮に何された時だっけ」
隣を歩いていた亮が、ポカンと口を開けてから笑った。
『おまじないやろ』
「おまじない?」
『誰にもさわらせたらあかん消しゴム、使った上にしょうたくんて書いてあるの見たからやろ』
そんな理由だったかと、ちょっと微笑ましくて笑った。今ならそんなことをされても、構ってくれたことに喜んでしまう気がするから、何となく悔しい。
『流行ってたやん』
「え?」
『あのおまじない』
「...あぁ、そうだね」
『#name1#がやってるかどうかわからんけど、俺って書いてあればええのに、とか思て見てもうてん。けどしょうたくんやろ?めっちゃへこんでんで』
驚いて亮を見たら、俯いて笑っている。
『むっちゃ可愛いやん。俺』
とか言って私を見るから、どんな顔をしたらいいのかわからなくて、私も俯いて笑った。
亮が私を好きだったなんて。
恋って上手くいかない。... 当たり前だ。たまたま想いが重ならないと、そうなれないのだから。少しのズレでもダメなんだから。
それでも、そこら辺に溢れているカップルを見てしまえば、なんで私はダメなんだと神様に当たり散らしたくもなる。
『クリスマス、相手居るん?』
「... なんで?」
『居らんやろなぁ思て』
「...むかつくね、それ」
亮がバカにしたみたいに笑うから、何だか無性に腹が立って睨み付けた。
... 嘘。そんなことを言われてもどうだっていい。それよりも腹を立てているのは、学校で女の子に囲まれてデレデレしながらクリスマスパーティーに誘われていた亮を見てしまったからだ。
『着替えたら行くわ』
「...うん」
数十メートル先の家へ向かう亮を見送って家へ入る。部屋で着替えをしながら、ぼんやりと答えの出ない問いを胸の中でも繰り返した。
こんなに近くにいるのに伝えられないもどかしさが胸の痛みの原因だとすれば、もし仮に勇気を振り絞って想いを告げたら、楽になるんだろうか。
『ちょ、#name1#!おい、#name1#!#name1#って!』
飲み物を用意しようと下へ降りてキッチンに立ったら、突然外から聞こえてきた叫び声。
驚いて慌てて玄関を開けると、さっき家に向かったはずの亮は制服のまま白い息を吐いて立っている。
その亮の後ろに、白い粒がひらりと一粒舞い落ちた。
私から視線を動かし空を見上げた亮が、何だか情けない顔でキョロキョロと視線をさまよわせた。
『うそ、』
「... 雪?」
それにしては物凄い勢いで私を呼んでいたけれど。
『えぇ... 嘘やん、... 止んだん?もう... ?』
「どうしたの?びっくりし」
『見た?今、見たやんなぁ?』
被せ気味に私に詰め寄り空を指差した亮があまりにも必死だから、亮を見ながらこくりと頷くと急に安心したように笑顔になったから、その顔に少しだけドキッとした。
「...どうしたの?急に、」
『え!...や、雪や思て、』
「...そんだけ?」
亮が何か言いたそうに口を開いたけれど、結局言わずに口を閉じる。その態度が気になって、急かすようにもう一度「どうしたの?」と声を掛けると、下にあった亮の視線がちらりと私を見る。
『......初雪』
何だか妙に言いにくそうだから首を傾げると、何度も鼻を触って落ち着きなく動いている。照れた時の亮の癖。
『...付き合わへん、?』
「...どこに?」
『はぁっ!?』
「...え」
『... #name1#が言うたんやん』
「え?」
わからないのかと言っているみたいに鋭い視線を向けるから、ドキッとして心臓がバクバクと音を立てる。
いつかの光景を思い出した。
亮と二人で歩く登校中、初雪が降って亮に言った。
“ 一緒に初雪見てから告白すると、両想いになれるんだって!”
そう言って亮を見たら、ふーんと言って私を見た。何その顔。機嫌悪そう。意味わかんない。
その時の顔と、今の表情が重なった。
「...おまじないのこと、?」
『...............。』
「...信じてたの?」
ただの、子供の頃のおまじないだ。そんなの、高校生にもなって...。
『...関係ないやん』
「...あるでしょ、」
『うっさいわ、』
「......付き合う、...付き合います、」
表情は変えずにちらっと私を見た亮が、ほらな、と言った。
『効いたやん、』
「初雪じゃないけどね、」
『...は?』
「この前降った、」
『...関係ないやん、』
「...そればっかり」
私が笑ったら、亮も笑った。
二人の間に落ちてきた小さな雪に気付いて空見上げた。その瞬間に降ってきたのは雪ではなくて、温かい亮の唇だった。
End.