Your Side


少し前を歩く章大の背中を見つめて、何とも言えない切なさが込み上げる。
あと何回この道をふたりで歩けるんだろう。章大が卒業してしまったらこの道をひとりで歩くことになるなんて、考えただけで胸が痛い。

章大が私より1年早く中学生になった時も、1年早く高校生になった時も、たった1年間だけのひとりきりの帰り道が堪らなく寂しかった。
大学生は今までとは違う。いくら私が幼馴染みと言えども、もう高校生なんかに構わなくなるくらい、大人のイメージ。今まで追い掛け続けてきたけれど、同じ大学に入るのは正直厳しい。ああ見えても章大は頭がいいから。

『...遅』

俯いていたら、前からボソリと呟く声が聞こえたから顔を上げた。章大がこっちを振り返って立ち止まっていたから駆け寄ると、隣に並んで私のペースに合わせて歩き出す。

『今日はまたやけに遅いなぁ』
「...そ?」
『...またなんか言われた?』

ちらりと章大を見て首を横に振る。それを見て、章大が口の端を持ち上げて頷いた。

『もう少しで、誰にもなんも言われへんようになるな』
「...うん、早く...卒業しちゃえばいいのに」

私の気も知らないで、笑いながらそんなことを言うから、些細な嫌味を返した。こんな言葉、章大は気にもとめないんだろうけど。

章大の同級生の女の先輩達は、私が「章大」と呼ぶのを良く思っていなかった。だから何度かそんなことを言われたりもしたし、鬱陶しいと思っていたけれど、今は別に何を言われたって平気。3年生が、章大が、卒業してしまうのに比べたら、そんなの何でもない。章大は本っ当に何にもわかってない。

『...俺も、いなくなんねんで?』

覗き込むように私を見ながら笑った章大の言葉のせいで、思わず言葉を失った。結局、嫌味なんて伝わらずに、自分が再確認しただけ。

「...そうだね」
『寂しいくせにー』

ドキリとした。章大が気付いたのは、それだけだろうか。私が密かに想い続けているその気持ちにまで、気付いていたりはしないだろうか。

「...何言ってんの」

動揺を隠すために両手で口元を覆って表情を隠す。
言ってしまえたら楽なのかもしれない。“寂しいよ”も“好き”も、言える勇気があったら、何かが変わるんだろうか。

『寒いん?』
「...え?」

私が手に息を吹き掛けていると思ったのか、章大が私の手を指差した。

「...んー、」

目を逸らしながら曖昧に答えれば、急に手首を掴まれたから驚いた。章大に目を向けると、章大の手が私の手首から掌へするりと滑ってその手を握る。

『冷たぁ。死ぬんちゃう?』

んふふ、とふざけたように笑いながら私の片手を温めるように揉むから、心臓が煩くてしょうがない。手が触れ合ったことなんて何度もあるはずなのに、こうやって手を繋ぐのはいつ振りかも記憶にないくらいだ。

『そっちの手は無理やから、ポケットな』

ドキドキし過ぎて、完全な空返事。何とか反対の手は自分のポケットに突っ込んだけれど、握られた手を動かすことも出来ないくらい緊張している。章大相手にこんなに緊張したのは初めてかもしれない。

隣で空を見上げた章大の横顔をちらりと盗み見る。少し上がった口角に、私のような緊張は微塵も感じられないから悔しい。
章大の吐き出した白い息を見ていたら、空から私へ視線が移ってきたから心臓が跳ねる。
けれど、少しの笑みを浮かべただけで何も言葉を投げることなく章大が前を向いた。いつもは平気な沈黙が、今日は苦しいくらいにドキドキしてしまう。

『手、温まったな』

暫く無言が続いた後、章大が笑った。
鼓動が早くなったせいで思いの外すぐに温まってしまった手を、章大が少し持ち上げてみせる。

「...ん、ありがと...」
『あ、離す...?』

章大の手の中から擦り抜けようと軽く引いた手を、章大の手に力を込めて握り止められた。

「...え?」

私を見ている章大に聞き返せば、口元に笑みを浮かべて首を傾ける。

『繋いでたら、あかん?』

幼馴染みとは言え、この歳で恋人でもないのに手を繋いで歩くなんて違和感がある。ただ単純に、寒いから?もしかして、からかわれてる?
あの女の人達がこんなところを見たりしたら、なんて言うだろう。章大は勘違いされても平気なんだろうか。

「...皆に誤解されるよ、」
『...されたら困る?』

口元には崩れることなく笑みが浮かんでいて、章大の目は私の目を見つめたまま逸らそうとはしない。
いつもの章大と少し違うその雰囲気に、胸が高鳴って思わず目を逸らした。

「...困らないけど...いいの、?」
『...ええよ。当り前やん』

どうして誤解されてもいいんだろう。
だって私は章大のことが好きで、だから誤解されてもいいけれど...。

...好き、だから...?章大は、もしかして、私のことを...

頭を過ぎったそれに動揺して俯けば、繋いだ手にぎゅっと力を込められて章大に目をやった。

『...ずっと、繋いどこな』

優しい顔をした章大の言葉に胸が熱くなる。
ずっと、なんてないと思ってた。どのくらいの時間を指す『ずっと』なのかはわからないけれど、家までの距離のことではないことくらい、私にだってわかる。

『離したくないなぁ』

また空を見上げて、冗談を言うみたいに笑いながらそんな言葉を呟いた章大は、本当に思わせ振りだ。それにドキドキしてしまう私の心に気付いているんだとしたら、本当に狡い。

『...んあーもう、』
「................、」
『...離れたくない』

つい数秒前までの笑顔を隠して、その横顔に切なさを滲ませたりするから、思わず横顔を見つめた。高鳴る鼓動のBGMは、私の胸をますます締め付ける。

『...どうすればいい?』
「..............、」
『...どうしよ。ほんま、離れたない』

章大の視線が私に戻って来ると同時に、繋がれていない方の手が私にゆっくりと伸ばされた。私の手から離れて行ったその手も、私を引き寄せて腕の中に閉じ込める。
初めて知った章大の胸の温かさは、私の心を満たすのには充分過ぎて、甘いような切ないような胸の痛みに震えるような息を吐き出した。


End.