Sweet & Sour
夏休み唯一の登校日。久々に会った亮は真っ黒で、何だかかっこよくなった気がして、その横顔をずっと盗み見ていた。
...午前中だけなんて、短い。学校が大好きってわけじゃないけど、また少し会えない期間が続くのかと思うと寂しい。だからと言って「遊ぼう」なんて言う勇気もない。
まだ教室の窓際で友達と笑っている亮を最後まで見つめてから友人と教室を出た。
外に出て教室を見上げる。すると窓際に立つ亮がこっちを見ている。...気がする。だから下の方で小さく手を振ってみた。けれど亮の顔は教室の中に向いてしまった。行こ、と友人に声を掛けられもう一度亮を見上げれば、またこっちを見ていて小さく私に手を振る。思わず笑みが溢れて手を振り返し背を向けた。
友人と別れる交差点で立ち話していたら突然肘で啄かれた。友人が私の後ろを控えめに指差して、後ろを振り返る前に亮が私達の横を通り過ぎた。
信号待ちする亮を指差して合図する友人は、じゃあね、と言って私から離れて行った。
亮の斜め後ろに立って信号が変わるのをドキドキしながら待っていると、亮が私をちらりと振り返り、目が合うとすぐに前を向いて手に持っていたペットボトルのコーラを口に含んだ。
青信号で歩き出すけれど、夏休みの間暫く話をしていなかったせいで話し掛けにくい。亮の少し後ろを歩いていると、コーラを掴む亮の手が横に伸ばされた。
『...飲む?』
言ってから振り返った亮は足を止めて私を見た。不意打ちに動揺して私も足を止めてコーラに手を伸ばすけれど、受け取る前に躊躇って手を引っ込めてしまった。
『なんやねん』
「...やっぱ、いいや、...いらない」
何だか妙に恥ずかしくなって言えば、亮がふっと笑った。
『別にええやん。間接キスくらい』
「...そういうんじゃない、」
躊躇ったことに気付かれてしまったのが恥ずかしい。だから亮を置いて歩き出すと、後ろから声を掛けられた。
『なぁ』
再び足を止めて振り返り「何、」と返すと、少し間を空けて亮が笑った。
『お前、俺の事好きなんやろ』
...ドキリとして思わず目を逸らした。気付かれているかもと思ってはいたけれど、実際口にされてしまうと戸惑う。
「...それは亮でしょ」
照れ隠しに言えば亮が黙る。
どうしよう。...どうしよう。
焦った頭は上手い言葉を選ぶ余裕なんてなくて、黙ったまま俯く。
『…お前やろ』
暫く間を置いて言った亮をちらりと見れば、俯いていてその表情はわからない。ただ、気まずい雰囲気だけは変わらない。
今のうちに言葉を探さなきゃ。逃げるための言葉を、早く見つけなきゃ。
『...どうなん』
期待する瞬間なんて沢山あった。自惚れる瞬間だって、何度もあった。けれど、心の準備はまだ出来ていない。告白なんてずっと先だと思ってた。
「...亮は?」
『お前が言えや』
逃げるような言葉も高圧的に跳ね返される。睨むように私を見た亮の目はすぐに逸らされて、2人でただ立ち尽くす。
逃げる方法ばかり考えてはいられない状況。核心的な言葉を避けるしかない。それしか切り抜ける方法はないのだから。胸が痛い程鼓動が早い。
「...先に言ったら、どうなるの...」
泳いでいた亮の目がピタリと止まって、息を吐き出した。
言葉のない時間は苦しくて、息が詰まりそうで、どうしようもなく怖い。
『...キスしたる』
ボソリと聞こえた言葉に耳を疑った。
...何それ。そんなの、私の事好きみたいじゃない。
落ち着きのない亮を見ながら更に胸が高鳴る。
「.....言わなかったら?」
恐怖より自惚れが勝った。期待を込めた目で亮を見れば、亮の目が私を捉えた。
『......キス、する、』
何故か怒ったようにまたボソリと口にした亮のその言葉に、顔を赤く染めた。目を逸らし俯いた亮は、鼻で笑って言った。
『...なんやねん、その顔』
恥ずかしくてますます顔がカッと熱くなる。顔を背けた亮の横顔を見ていると、気まずそうに目が泳いでいた。
その目にぐっと力が篭ったと思ったら私に視線が向けられ、歩み寄って来た亮が顔を傾けて思いの外優しく唇が触れた。たった一瞬だけ触れてすぐに離れて、亮の視線も離れて行った。
「...していいなんて、まだ言ってない、」
照れ隠しに俯いて言えば、私の頭の上に亮の声が降ってきた。
『...言うてへんけど、...ええやろ?』
顔を上げて亮をちらりと見れば、余裕なセリフのわりに不貞腐れたような顔をして私を見ていた。
『...嫌なん?』
目を逸らして小さく首を横に振れば、不機嫌そうに結んでいた唇が歪んで、照れ臭そうに亮の口角がひくりと上がった。
End.