クラムジー・キス
引き寄せた章大の首元に軽くキスを落として小さく吸い上げた。気付かれないように何度も同じ場所を、キスをするように緩く吸い上げる。少しずつ、色付けるように。
章大は私のものではないのだから、こんなやり方しか知らない。
少しでも長く抱かれていたくて、思わず耐えるように章大の背中に爪を立てた。キスをしながら顔を歪ませ、小さく漏れた章大の声は、快感のせいか、それとも痛みのせいだろうか。
これが終わったら章大は帰ってしまうのに、あまりにも的確に私の体を刺激するから、耐え切れずにびくりと体が跳ねた。
欲を吐き出し、震えるように荒い呼吸を整えながら私の体を労るように撫でる章大の手には、いつまで経っても慣れることはない。毎回目の奥が熱くなってしまう。こんな関係でありながら私を気遣うその瞬間は、一番幸せであり、一番辛い瞬間かもしれない。
ベッドの淵に腰掛けて煙草の煙を吐き出した章大の背中に僅かに残る赤い爪痕を見つめる。章大の体に傷を付けてしまうことに気が引けて、爪は短くしているつもりだけれど。それでも、あの傷を付けたのが自分だという事実が、嬉しくもあるという矛盾。
そこから上に視線を動かして、首の横の髪の毛の隙間に見え隠れする薄く色付いた痕を眺めた。すぐに消えてしまいそうなその痕が何だか妙に虚しく感じる。
すると急に、煙草を手にした章大が振り向いたからドキリとした。目が合うと、ふっと笑ってまた煙草を咥える。
『大丈夫?』
「...何が」
『や、いつもよりアレやったなぁーって』
自覚があるから思わず口を噤んだ。
“#name1#ん中が一番居心地ええな”
私の中に入ってすぐに髪を撫でながらそんなことを言うから、嬉しくて苦しくてどうしようもなくて、ただ必死に章大を求めてしまった。
それをからかうように言ったりするから悔しい。私の中が一番なら、他の子となんてしなければいい。他の所に行くなら、私にそんなセリフ、言わなければいい。
煙草を揉み消し水を口に含んだまま、下着を手に立ち上がった章大に向かって言った。
「...暫く他の子とシない方がいいよ」
自分から言うつもりじゃなかったのに。痕を残したことは、自己満足でよかったのに。それが形を変えて、独占欲になってしまう。
『キスマーク、付けたから?』
下着を履いて私に笑顔を向ける章大が、“そんなことか”と言っている気がして目を逸らした。
「...知ってたんだ、」
『珍しいなぁ思てた』
焦った素振りを見せないのが狡い。
理由を聞かないのも狡い。
ただ私に微笑むのも、狡い。
『俺は気にせぇへんよ』
...どんな意味で言ってるの。
割り切ってるから関係ない?むしろ、そんなことじゃやめないよ、ってこと?
「...あっそ」
『あは、冷た』
んふふ、と笑ってジーパンに足を通した章大の顔が見れない。
最初からそういう関係だとわかっていたくせに、私は今更何を期待していたんだろう。思わず、嘲笑が漏れた。
「...最低だね」
『...そうかぁ?』
首を傾げながら章大がベッドに膝を掛け乗り上げる。
『俺割と一途や思ててんけど』
仰向けの私に顔を近付けてにっこりと笑いながら言った章大が、私の隣に腰を下ろした。
「...何人に言ってんのそれ」
『んふ、どうやろなぁ』
「ほんと、最低...」
私は今笑えているんだろうか。ひくりと動く口の端が気になって章大から顔を背ける。
章大を責めたいわけじゃないのに。この関係に章大を引き込んだのは私なのに、私にそんなことを言う資格はない。
『...それでも俺に抱かれるやん』
ドクリと心臓が大きく脈打った。
思わず口から零れてしまいそうな想いと反論の言葉を必死に飲み込んで、章大に背を向ける。そして揺れる視界を遮るように硬く目を閉じた。
すると少し間を置いて、章大がふっと笑った。
『よっぽどセックス好きなんやな、#name1#は』
「...違う、」
思わず否定の言葉が口から漏れてしまった。想いを伝えるという選択肢は、今はまだないのに。それを否定してしまったら続ける意味すらなくなってしまうのに。
『じゃあなんでなん...?』
ギシ、とベッドが軋んで、章大が私の背中のすぐ後ろに手を付いたのがわかったからドキリとする。
...お願いだから私を追い詰めないで。まだ一緒に居たいのに。体だけでも繋がっていたいのに。
『...なぁ、言われへんの?』
章大の声が笑っていなかったから鼓動が早くなる。思わず身構えた腕を掴かまれて、ぐいと引かれ、見下ろすように私を見る章大と目が合った。
「...離して、」
『嫌や。離さへん』
手が離れて近付いて来た唇がキスを落とした。私を跨いだ章大が、今度は両腕で私の体を包み抱き締める。
『泣き止んだら、離したるよ』
なんでそんなことするの。これで慰めてるつもりなの?...だったらこんな優しさいらない。私の涙の意味をわかっていてそんな行動を取るなら、代わりに理由を教えてよ。
「...なんで、」
『弱ってるから、付け込んどこ思て』
顔を上げて私を見た章大が、冗談みたいに笑うから涙を流してしまったことに後悔した。きっと、私の気持ちに気付いたはず。それなのにそんな冗談、私を突き放す言葉でしかないのだから。
「...むかつく、」
『あは、嘘やって』
章大を睨み付けたらまた涙が零れた。それを見て私の髪を撫でながら、章大が困ったように笑うからその手を払って目を逸らした。私の上から退かせようと肩を押せば、するりと私の体から離れた章大の手に頬を包まれたから思わず力が抜けた。
『してへんよ』
「.............、」
『お前としか、してへんよ』
口元に笑みを浮かべて、まっすぐに私を見て、章大が言った。
またそんなこと言うの?そんな思わせ振りなセリフを吐いて私をどうしたいの。信じてみたくなっちゃうじゃない。
「...バカ、」
『...最低?』
章大が自嘲したように笑った。
...だから、責めたいわけじゃない。でも、曖昧な言葉で期待させるのは狡い。
『だって好きやねんもん。しゃあないやんか』
私の気持ちなんてもう全部知っているみたいな笑顔で章大が笑った。
...当たり前か。こんなに泣いちゃったら、嬉し泣きみたいだもん。
『...自惚れてもええの?』
「...............、」
『俺のこと、好きみたいに見えんねんけど』
頬を包まれている上に顔が近いから視線の逃げ場すらない。けれどもう、逃げる必要もないみたいだ。
頷いた私を見て章大がふわりと笑みを浮かべた。頬の手が頭と腰へ滑って抱き寄せられながら唇が触れた。唇を合わせて軽く押し付けられ、離れると章大の口角が上がる。
今まで章大としたキスの中で、一番優しいキスだった。私がずっと望んでいた、本物のキスだった。
End.