Heavenly Kiss


『え、......え?』
「うち」
『えー、と、...ん?』
「上がってって、」
『......大丈夫なん?』
「...なにが」
『や、友達やけどさ、...男やし、深夜やし...』
「うん」
『うん?』

みんなで飲んだ帰りにタクシーで送ってくれた章ちゃんの手を引いてタクシーから引き摺り下ろした。
私たちを乗せて来たタクシーが走り去るのをきょとんとして見送った章ちゃんの手首を握って軽く引く。

『や、なんもせぇへんよ?せぇへんけどな?一応、な』
「...わかってる」
『...相談、でもあるん?』
「......ん、」
『...うん、わかった』

相談、とかじゃない。でもそう思ってくれてよかった。飲んでいる途中に『今日元気ないなぁ』と言われたから、きっと何か悩んでると思ったんだろう。

手を離してキョロキョロと周りを見回した私を見て、章ちゃんがちょっと笑った。それが何となく居心地が悪くて、顔を背けてマンションへ入った。章ちゃんに背中を見られているかもしれないと思うと緊張する。

章ちゃんは気にしないんだろうか。もし私と写真を撮られたりしたら、とか、警戒することはないんだろうか。
...撮られたらいいのに。って思ったなんて、絶対に言えないけど。

最近は章ちゃんをテレビで見ない日なんてないくらいだ。それでもこうしてたまに会って、飲んで話をして、章ちゃんはずっと変わらずにいてくれる。
けれどなんとなく焦っていた。
ドラマの中での恋人でさえも、見ていると苦しい。こんなに優しくていい人だもん。章ちゃんを嫌いな人なんていないはず。共演する人みんなが敵みたいに思えてしまう最近の私は、本当に重症だと思う。

玄関の前で鍵を出しながら振り返って目が合うと、章ちゃんはにっこりと笑って私を見た。
酔った勢いに任せて連れて来てしまったけれど、何の計画性もない私の頭の中はぐるぐるとこんがらがってどうしていいかわからなくなっていた。

『お邪魔しますー』

私が靴を脱いで部屋に上がったのを見てから玄関に入った章ちゃんは、きっと私と距離が近付き過ぎないように気を遣ってくれたんだろう。しかも『鍵は?掛けて大丈夫?』と確認するあたり本当に紳士だと思う。
...ということは、本当に私に手を出す気はないらしい。

座って、と言ったら遠慮がちにちょこんとソファーの端に座った章ちゃんが部屋の中を見回している。

「...なんか飲む?」
『あ、水、ください』
「水?」
『酔うてるし、今の#name1#にお湯とか扱わせるの、危ないもん』

なんでこんなに優しいんだろう。
心配される程今の私は酔っているように見えるんだろうか。だったらそれはそれでいいのかもしれない。

冷蔵庫から出したミネラルウォーターを章ちゃんの前に置きながら隣に腰を下ろすと、ありがとう、と笑顔が向けられた。その笑顔がこの前見たテレビの中の章ちゃんと重なって、急に胸の中にモヤモヤが広がってそわそわし始めた。

『...なんか、あった?』

ペットボトルを手にして蓋を開けるでもなく手の中でクルクルと回しながら章ちゃんが聞いた。

『なーんかさ、心配なるやん?』

なんで私を心配するの。なんでいつもそんなに優しくするの。
章ちゃんは、みんなに同じなの?
そんなの、みんな私みたいに章ちゃんのこと好きになっちゃうじゃない。

『え、...ちょっ、』

章ちゃんの首に腕を巻き付け抱き着くと、章ちゃんの手から落ちたペットボトルが床を転がった。
苛立った感情に任せて咄嗟にそうしてしまったけれど、もう引っ込みがつかない。

私を引き剥がすわけでもなく戸惑ったように宙に浮いたままの章ちゃんの手。拒否はされていないから、ますます力を込めて抱き締める。

『...#name1#?...どしたん、急に』

引き剥がされないけれど、章ちゃんの腕が私の背中に回ることもない。それが妙に悲しくて苦しくて、章ちゃんの首筋から顔を上げると困惑する章ちゃんと目が合った。すぐに体重を掛けて背もたれに押し付け唇を押し当てる。

『んっ、...ちょ、』

唇が重なってから、少し顔を背けられた。けど、もうどうしようもない。だって今更どんな顔すればいいのかわからない。

『...待って、#name1#、』

すぐに章ちゃんの首筋に舌を這わせた。自分からこんなこと、今まで一度もしたことがない。下手くそな自信はある。けど、ノッてくれないと困るの。どうせ普通の友達には戻れないけれど、それならせめて最後に。

『...#name1#』

宥めるような声と共に、肩を押されて少し体が離れた。さすがに止められた。眉を下げた章ちゃんと目が合うと、困惑の表情に少し胸が痛む。
今度はゆっくりと顔を傾ける。唇が触れる前に唇から視線を上げると、何も言わずただ私を見つめる章ちゃんに再び唇を押し付けた。

下手くそなキスで精一杯煽る。目を閉じて唇を食むと僅かに章ちゃんの唇が動いた。
すると章ちゃんの右手が軽く頭に添えられ、左の掌が私の頬を包んだ。それに驚いて唇が離れると、私を見つめた章ちゃんが一度だけ優しくキスを落として離れた。

頬にある章ちゃんの親指が私の頬を撫で、困ったように笑う。

『...これでおしまい。...な。』

脱力するみたいに首に巻き付けていた震える手を解くと、頬を撫でていた指が軽く私の頬を摘んだ。

『#name1#は酔うたら友達でもこんなことするんか!』

笑っているけれど、ちょっと強めの子供を叱るみたいな口調で章ちゃんが言う。

『俺の知ってる#name1#は、そんなことせぇへんはずやねんけどなぁ』

優しい笑顔に思わず「ごめん、」と声が漏れた。目尻から零れ落ちた涙を章ちゃんが見送って、頬を摘む手が離れ頭を撫でる。

『責めてるんちゃうよ』
「...........、」
『泣かんでや、』
「...ごめんね、」

絞り出した声に章ちゃんが苦笑いする。
本当にもうどんな顔をしていいかわからない。恥ずかしい。
俯いて涙を拭うと、章ちゃんが言った。

『俺はさぁ、友達にはせぇへんよ?...けど、#name1#やから、した』

ドクリと心臓が脈打って体が固まった。それを解すように、章ちゃんの手が頭に乗ってポンポンと何度か優しく頭を撫でる。

『俺がそうやからさ、...#name1#も同じなんかなぁーって思ってんけど、...違う?』

なんで私としたいの。
私は、章ちゃんがいい。章ちゃんも、同じってこと?

『...えぇー......ちゃうのぉ、?』

俯いたまま慌てて首を横に振ると、微かな笑い声と共に、章ちゃんの掌に両頬を包まれた。

『こっち、見て』

頬を覆われているから涙を拭うことも出来ないままゆっくりと顔を上げたら、笑顔の章ちゃんが私を見ていた。
親指で頬の涙を拭われて、章ちゃんが顔を近付ける。

『友達は、おしまい』

口角を上げた唇がゆっくりと重ねられた。離れて見つめて微笑んで、また重なって。何度もそれを繰り返す。
何度目かに合わさった唇の隙間から差し込まれた舌が、柔らかく私の舌を絡め取った。
キスをしながら頬から離れた手が初めてきつく私を抱き締めたから、目を閉じて天国にいるような心地良い感触に全てを委ねた。


End.